21年間バンドを率いてきた「生みの親」が、大晦日の夜に姿を消した。
9mm Parabellum Bulletのドラマー・かみじょうちひろ(44)が、2025年12月31日をもって脱退することが発表された。
しかも発表されたのは、その日のフェス出演からわずか数時間後。
バンド名の命名者であり、結成の中心人物だった彼の離脱に、ファンの間には衝撃が走っている。

何が起きた?大晦日の衝撃発表
2025年12月31日23時59分をもって、9mm Parabellum Bulletのドラマー・かみじょうちひろがバンドを脱退した。
音楽ナタリーの報道によると、発表があったのは同日の夜。
公式サイトには「9mm Parabellum Bulletからのご報告」と題した声明が掲載された。
驚くべきは、そのタイミングだ。
9mmはこの日、千葉・幕張メッセで開催された音楽フェス「COUNTDOWN JAPAN 25/26」に出演していた。
ステージに立ったのは18時40分から。
つまり、4人でライブを終えてからわずか数時間後に、脱退が発表されたことになる。
ENCOUNTの報道では「ライブから数時間後の急展開」と表現され、ネット上には「理解が追いつかない」という声があふれた。
このCOUNTDOWN JAPANのステージが、現在の4人体制での最後のライブとなった。
なぜこのタイミングでの発表になったのか。公式声明の全文から、その背景を読み解いていく。
公式声明の全文と異例の対応
公式声明には、気になる表現がある。
「メンバー同士、メンバーとかみじょうとの間では何度も話し合いが行われましたが、かみじょうには9mm Parabellum Bulletから脱退してもらうほかないとの結論に至り、本日のご報告となりました」
オリコンが報じた声明全文を見ると、この表現が重要なポイントだとわかる。
通常、バンドの脱退発表では「方向性の違い」「ソロ活動に専念」「体調不良」といった理由が添えられることが多い。
本人の意思で脱退する場合は「脱退することになりました」「卒業します」という表現が使われるのが一般的だ。
しかし今回の声明は「脱退してもらうほかない」という言い回しになっている。
これは文面上、本人の希望ではなく、バンド側(残る3人のメンバーと事務所)の判断で脱退が決まったことを示している。
つまり「辞めた」のではなく「辞めさせられた」という構図だ。
具体的な理由については一切触れられていない。
だからこそ、声明にはもう一つの異例な対応が含まれていた。
「今回は突然のお報せとなり、ただお伝えするだけで十分であるとは思っておりません。もし皆様からのお気持ちや厳しいご意見もお聞かせいただけるようであれば、下記のアドレスにご連絡ください」
ファン向けにメールアドレスを公開したのだ。
バンドの脱退発表でメールアドレスを公開するケースは極めて珍しい。
説明できない事情があること、それでもファンの声を受け止めたいという姿勢が読み取れる。
脱退するかみじょうちひろとは、どのような人物だったのか。バンドにおける彼の存在の大きさを振り返る。
かみじょうちひろとは?バンドの「生みの親」
かみじょうちひろ(44歳)は、単なるドラマーではない。
バンドの発起人であり、リーダーであり、そして「9mm Parabellum Bullet」というバンド名の命名者でもある。
音楽メディアの特集記事によると、9mmは2004年3月、神奈川大学の音楽サークルで誕生した。
中心にいたのがかみじょうだ。
彼は同じサークルにいた菅原卓郎(現ボーカル)と滝善充(現ギター)を誘い、バンドを結成した。
当時、滝はドラムを担当していた。
しかしかみじょうのドラミングを目の当たりにした滝は、「これは自分が叩く必要がない」と感じてギターに転向したという。
バンド名の由来も興味深い。
Wikipediaの情報によると、「9mm Parabellum Bullet」という名前はかみじょうが命名した。
9mmパラベラム弾という実在の弾丸からとられた名前だが、なぜこの名前にしたのか、かみじょう本人はインタビューのたびに違う理由を語っていたという。
一説では、壁に貼ってあった紙に書かれた「9mm Parabellum Bullet」の文字をかみじょうが「格好良い」と言ったから、とされている。
つまり、今回脱退するかみじょうは——
- バンドを立ち上げた中心人物
- バンド名を付けた人
- 滝をギタリストに変えた人
- ずっとリーダーを務めてきた人
バンドのアイデンティティそのものに深く関わってきた存在だ。
「ドラマーが1人抜けた」という話ではない。
21年間を4人で駆け抜けてきた9mm Parabellum Bullet。その歴史と、今後の活動について見ていく。
21年の軌跡と今後の活動
9mm Parabellum Bulletは、2004年の結成から21年にわたって日本のロックシーンを駆け抜けてきた。
日本コロムビアの公式プロフィールによると、主なマイルストーンは以下の通り。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 2004年3月 | 神奈川大学の音楽サークルで結成 |
| 2007年10月 | 「Discommunication e.p.」でメジャーデビュー |
| 2009年9月9日 | 初の日本武道館公演(9mmの日) |
| 2014年 | 結成10周年、武道館2Days公演 |
| 2016年 | 自主レーベル「Sazanga Records」設立 |
| 2024年 | 結成20周年 |
レーベル名「Sazanga Records」も「3×3=9」(サザンガ・キュー)にちなんでかみじょうが命名したものだ。
実は、9mmは過去にも危機を乗り越えてきたバンドだ。
2016年、ギターの滝善充が腕の不調(ジストニアの疑い)でライブ活動を休止した。
この時期、バンドはサポートギタリストを迎えて活動を継続。滝は徐々に復帰し、現在に至っている。
また、菅原・中村・かみじょうの3人による派生ユニット「AC 9mm」の活動もあった。
つまり、9mmは柔軟な体制変更の経験を持っているバンドだ。
今回の公式声明では、今後について次のように述べられている。
「今回の決断をひとつの区切りとして、これからは3人でより真摯に、9mm Parabellum Bulletの活動を継続してまいります」
「今後決まっております自主公演に関しましては、中止などの予定はございません」
残るメンバーは菅原卓郎(ボーカル・ギター)、滝善充(ギター)、中村和彦(ベース)の3人。
サポートドラマーを迎えての活動になるのか、新たな正式メンバーを加えるのかは現時点では不明だ。
しかし、ライブは予定通り行われることが明言されている。
突然の発表に、ファンからは衝撃の声が上がっている。
ファンの反応と「永遠なんてない」という声
「理解が追いつかない」「嘘だと言ってよぉ…」「これはきついっす…」
X(旧Twitter)には、発表直後から衝撃の声があふれた。
反応を見ていくと、いくつかの傾向に分けられる。
① 純粋な衝撃と困惑
「え?」「マジ?」「かみじょうちひろ9mm脱退マジ?」
大晦日の夜、年越しカウントダウンの時間帯に飛び込んできたニュースに、多くのファンが動揺を隠せなかった。
「米津玄師のパフォーマンスすげーよかったけど、かみじょうちひろ9mm脱退ニュースで感情ぐちゃぐちゃになってる」
② 喪失感を訴える声
「かみじょうちひろ脱退は驚き過ぎる……あのドラムあっての9mmだと思っていたから」
「年末に羊文学も9mmもどうしちゃったの?」
バンドのサウンドを支えてきたドラマーの離脱に、音楽的な喪失感を感じるファンも多かった。
③ 「諦観」とも言える反応
「本当に、永遠なんてないと思わせられることばかりだ」
「やはりバンドは生物(なまもの)だなあ…10代の頃、しょっちゅうLIVEに行っておいて良かった」
怒りや批判よりも、悲しみと受け入れの声が多いのが特徴的だった。
「アドレス掲載は真摯過ぎるよ。心配なる」という投稿もあり、異例の対応に対して複雑な感情を抱くファンの姿がうかがえる。
21年という歳月をかけて築かれたバンドとファンの関係。
その一つの形が、大晦日の夜に終わりを迎えた。
まとめ
- 9mm Parabellum Bulletのドラマー・かみじょうちひろが2025年12月31日をもって脱退
- フェス出演から数時間後の発表という異例のタイミング
- 声明では「脱退してもらうほかない」という表現が使われ、本人の意思ではない形式
- かみじょうはバンドの発起人・リーダー・バンド名命名者という中心人物
- 今後は残る3人(菅原・滝・中村)で活動継続、ライブは中止なし
よくある質問
Q. かみじょうちひろはなぜ脱退したの?
具体的な理由は公表されていません。公式声明では「脱退してもらうほかない」と記載され、バンド側の判断であることが示唆されています。
Q. 9mm Parabellum Bulletは解散するの?
解散しません。残る3人(菅原・滝・中村)で活動を継続し、予定されているライブも中止なく開催されます。
Q. かみじょうちひろはバンドでどんな存在だった?
2004年の結成時にメンバーを集めた発起人であり、「9mm Parabellum Bullet」というバンド名の命名者でもありました。
Q. 新しいドラマーは決まっているの?
現時点では発表されていません。過去に滝の休養時にサポートメンバーで活動した経験があります。
参考文献