この記事でわかること
漫画家・魚喃キリコさんが、2024年12月25日に52歳で亡くなっていたことがわかった。
死去からちょうど1年後となる2025年12月25日、東京ニュース通信社が発表した。
『blue』『strawberry shortcakes』『南瓜とマヨネーズ』など、いずれも映画化された作品で知られる魚喃キリコさん。
90年代〜00年代の若者文化に大きな影響を与えた漫画家だ。
1年後の発表という異例の経緯には、故人と遺族の意向があったという。
突然の訃報に、SNS上では追悼の声が相次いでいる。

魚喃キリコさん死去、52歳—死去から1年後の発表に驚きの声
漫画家・魚喃キリコさんが2024年12月25日に52歳で死去していたことが、ちょうど1年後の2025年12月25日に発表された。
東京ニュース通信社の公式発表では、「一年の時を経てのご報告となりましたことは、故人ならびにご遺族の意向によるものです」と説明されている。
発表が1年後になった理由について、同社は故人と遺族の希望だったことを明かしている。
葬儀はすでに近親者のみで執り行われたという。
同社は魚喃キリコさんの功績について、「数々の作品を通して人の普遍的な感情や真理を、独自の視点で紐解き、その繊細な表現方法により、多くの読者の共感を集めてきました」と振り返った。
さらに「映画化もされ、広く認知された代表作『blue』『strawberry shortcakes』『南瓜とマヨネーズ』をはじめとする作品群は、漫画表現の可能性を拡張し、時代を超えて読み継がれる存在となっています」と評している。
「その作品は、孤独や痛み、愛情といった人の内面を静かに、しかし確かな言葉と美しい線で紡ぎ出すことにより、多くの創作者や読者の心に深い影響を与えました」
訃報を受け、SNS上では「え???」「亡くなってたの!?」と驚きの声が広がっている。
ところで「魚喃キリコ」という名前、実は読み方を知らない人も多い。
「魚喃キリコ」の読み方と意外なプロフィール
「魚喃キリコ」は「なななん キリコ」と読む。
初見で正しく読める人はほとんどいないだろう。
SNS上でも「魚喃を【なななん】と読めた方はどれくらいおられるのだろうか」という声があがっていた。
魚喃キリコさんは1972年12月14日生まれ、新潟県燕市(旧・西蒲原郡吉田町)出身。
新潟清心女子高等学校を経て、日本デザイン専門学校に進学した。
💡 実は5歳の頃から漫画家になりたかったという。
幼稚園の頃から漫画が好きで絵を描き始め、中学・高校時代には出版社に投稿を続けていた。
しかし、この頃の投稿は全て落選だったという。
転機となったのは岡崎京子さんの漫画との出会いだ。
特に『pink』に強い影響を受けたと語っている。
1993年、日本デザイン専門学校在学中に描いた『HOLE』が月刊漫画『ガロ』に掲載され、デビューを果たした。
作風の特徴は、白黒のコントラストを強調したイラスト的でクールな絵柄。
自らの体験をベースに、主に若い男女の恋愛模様を描いてきた。
好きな詩人は立原道造だという。
訃報で多くの人が気になっているのは死因だが、公表されているのだろうか。
死因は公表されている?「静かにその生涯を閉じられました」の意味
死因は公表されていない。
東京ニュース通信社の発表では、「52歳で静かにその生涯を閉じられました」という表現にとどまっている。
病気だったのか、事故だったのか、具体的な死因については一切触れられていない。
発表文では「ご家族への取材等につきましてもお控えいただきますよう、ここにお願い申し上げます」と、メディアに対して家族への取材自粛を求めている。
1年間発表を控えたこと、死因を明かさないこと、家族への取材自粛を求めていること。
これらはすべて故人と遺族の意向によるものだ。
魚喃キリコさん本人が、静かに見送られることを望んでいたのかもしれない。
死因が明らかにされていない以上、憶測で語ることは控えるべきだろう。
魚喃キリコさんの功績を振り返ると、代表作3作品がすべて映画化されている。
代表作3作品はすべて映画化—『blue』『strawberry shortcakes』『南瓜とマヨネーズ』
代表作『blue』『strawberry shortcakes』『南瓜とマヨネーズ』の3作品は、いずれも実写映画化された。
『blue』(2003年公開)
魚喃キリコさん初の長編作品で、1997年に単行本化。
海辺の女子高を舞台に、思春期の少女たちの淡く切ない感情を描いた。
映画は安藤尋監督がメガホンを取り、市川実日子さんと小西真奈美さんが主演。
市川実日子さんは本作で第24回モスクワ国際映画祭最優秀女優賞を受賞している。
🎵 実は魚喃キリコさん本人も、大友良英さん率いる「blueバンド」に参加し、サウンドトラックの演奏を行っていた。
『strawberry shortcakes』(2006年公開)
月刊誌『FEEL YOUNG』で連載された作品。
職業も悩みも異なる4人の女性の日常を描いている。
映画は『ストロベリーショートケイクス』のタイトルで公開。
池脇千鶴さん、中越典子さんらが出演した。
🎬 実は魚喃キリコさん本人も「岩瀬塔子」という芸名で出演している。
『南瓜とマヨネーズ』(2017年公開)
1998〜1999年に『CUTiE Comic』で連載。
同棲中の恋人と、偶然再会した昔の恋人、2人の男性の間で揺れ動く女性の姿を描いた。
映画は冨永昌敬監督、臼田あさ美さん主演で制作。
オダギリジョーさん、太賀(現・仲野太賀)さんらが共演した。
原作者の魚喃キリコさんは映画を観て「みごとにのまれた、感謝!」と最大級の賛辞を送っている。
いずれの映画化作品も、原作の繊細な世界観を丁寧に再現したことで高い評価を得た。
しかし2007年以降、魚喃キリコさんは長期間の休筆に入っていた。
なぜ10年以上休筆していた?2020年に13年ぶりの新刊
2007年に出版した『キャンディーの色は赤。』を最後に、魚喃キリコさんは約13年間、漫画作品の単行本を出版していなかった。
休筆の具体的な理由は長らく明かされていなかった。
2010年に『僕はひとりで夜がひろがる 立原道造詩集』の挿絵を担当したのを最後に、活動はほぼ休止状態だった。
転機となったのは2020年。
東京ニュース通信社から過去作品9冊の限定新装版が発売され、本人による『魚喃キリコ 作品解説集』も刊行された。
さらに5月には13年ぶりの新刊『魚喃キリコ 未収録作品集』が上下巻で発売。
デビュー作『HOLE!!』をはじめ、単行本未収録だった作品が収められた。
この復刻に合わせて開設された公式Xアカウントでは、魚喃キリコさん本人のコメントも投稿されていた。
「最近、絵を描いている。絵をキライになってから、もうどれくらい経つだろう、おそろしく遠い昔からだ」
「最近、絵を描いているが、絵を描くことを好きかと問われたら、まだわからない。ただ、すこしだけ、たのしい」
長い休筆期間を経て、ようやく創作への情熱が戻りつつあった矢先だったのかもしれない。
2021年には今泉力哉監督作品『街の上で』に制作協力。
下北沢を舞台にしたこの作品は、魚喃キリコファンでもある今泉監督が「魚喃キリコが愛した下北沢」として制作したものだった。
訃報を受け、SNSでは追悼の声が相次いでいる。
SNSで追悼の声続々「青春の漫画だった」
訃報を受け、SNS上では「青春の漫画だった」「何度読み返したことか」と追悼の声が相次いでいる。
「魚喃キリコ先生…一人暮らし始めた時に初めて作品読んで、世界観にどっぷりハマりました」
「え??? 魚喃キリコさん亡くなってたの!? 悲しい。青春の漫画。南瓜とマヨネーズを何度読み返したことか」
「映画化された『blue』が大好きでした」
「ハルチン大好きでした ご冥福をお祈りいたします」
魚喃キリコさんの作品は、90年代〜00年代に青春時代を過ごした世代にとって、特別な存在だったことがわかる。
中には「初見で、魚喃を【なななん】と読めた方はどれくらいおられるのだろうか」という声も。
「ご本人らしき写真を見たことがあるが、クールな美人さんだった。漫画家は心身を削る仕事だと強く思い知る」
多くのファンが、作品を通じて自分の感情を言葉にしてもらった経験を持っている。
孤独や痛み、愛情といった普遍的なテーマを、静かに、しかし確かに描き続けた魚喃キリコさん。
その作品は、これからも読み継がれていくだろう。
📝 まとめ
- 漫画家・魚喃キリコさんが2024年12月25日に52歳で死去。発表は1年後の2025年12月25日
- 1年後の発表は故人と遺族の意向。死因は公表されていない
- 「魚喃キリコ」は「なななん キリコ」と読む。新潟県燕市出身
- 代表作『blue』『strawberry shortcakes』『南瓜とマヨネーズ』は3作品すべて映画化
- 2007年以降は休筆していたが、2020年に13年ぶりの新刊を発売していた
魚喃キリコさんの作品は、各種電子書籍サービスや書店で購入できる。
この機会に手に取ってみてはいかがだろうか。
❓ よくある質問
Q. 魚喃キリコの読み方は?
A. 「なななん キリコ」と読む。初見で正しく読める人はほとんどいないとされている。
Q. 魚喃キリコの死因は?
A. 死因は公表されていない。「52歳で静かにその生涯を閉じられました」と発表されているのみ。
Q. なぜ死去から1年後に発表された?
A. 故人と遺族の意向によるもの。葬儀はすでに近親者のみで執り行われていた。
Q. 魚喃キリコの代表作は?
A. 『blue』『strawberry shortcakes』『南瓜とマヨネーズ』が代表作で、3作品すべて実写映画化されている。
Q. 魚喃キリコはなぜ休筆していた?
A. 2007年から約13年間休筆していた理由は明かされていないが、2020年に復帰し新刊を発売していた。