2025年10月5日、北海道士幌町の農業用貯水池で、74歳の清掃作業員が水面に浮かんだ状態で見つかり、死亡が確認されました。
前日の朝7時から一人で作業していたのに、勤務時間が終わっても戻ってこなかった。それなのに、会社は当日中に探さず、翌日にようやく農協に連絡して発見されたのです。
この事故には、「一人作業」「74歳の高齢者」「翌日まで探さない」という、日本の労働現場が抱える深刻な問題が詰まっています。
なぜこんな事故が起きてしまったのか、どうすれば防げたのか、詳しく見ていきます。
📋 この記事でわかること
📰 士幌町貯水池事故の概要：何が起きたのか
まず、事故の経緯を時系列で整理します。
10月4日（金）午前7時頃
士幌町の農協が管理する農業用貯水池で、清掃会社の作業員・宮浦信一さん（74歳）が、一人で水面のごみ掃除を開始しました。
10月4日 勤務終了時刻
宮浦さんが職場に戻ってきませんでした。
⚠️ ここで大きな問題があります。勤務時間が終わっても作業員が戻ってこないのに、会社はその日のうちに探しに行かなかったのです。
10月5日（土）
会社から連絡を受けた農協の職員が貯水池を確認したところ、水面に浮かぶ宮浦さんを発見。警察に通報しましたが、すでに死亡していました。
警察の調べでは、体に目立った外傷はなかったとのこと。おそらく、清掃作業中に貯水池に転落し、這い上がれずに溺れたと見られています。
実は、農林水産省の調査データによると、農業用のため池では毎年平均25人が死亡事故に遭っています。決して珍しい事故ではないのです。
でも、最も衝撃的なのは「前日に戻ってこなかったのに、翌日まで誰も探さなかった」という点です。これについては後で詳しく説明します。
💭 次は、なぜ一人で危険な作業をさせたのか見ていきます...
❓ なぜ一人で作業させたのか：人手不足と費用の問題
74歳の高齢者を、一人で貯水池の清掃作業に行かせる。
多くの人が「危ないんじゃないの？」と感じるはずです。実際、ニュースのコメント欄でも「一人作業は禁止されているはず」という声が多数ありました。
✅ でも実は、一人作業は法律で明確に禁止されているわけではないんです。
ただし、会社には「安全配慮義務」という責任があります。
これは簡単に言うと、「従業員が安全に働けるように配慮する責任」のことです。労働契約法第5条で定められた法的責任があります。
つまり、一人作業自体は違法ではないけれど、危険な作業を一人でやらせて事故が起きれば、会社の責任が問われるということです。
💰 ではなぜ、一人作業が選ばれるのか？
ニュースのコメント欄には、現場の実情を知る人の意見がありました。
「簡単な作業と言われて1人分の安い作業費しか出されず、仕方なく賃金の安い高齢者を使うしかない」
これが現実なのかもしれません。人件費を抑えたい発注者と、それに応えざるを得ない清掃会社。そのしわ寄せが、74歳の作業員一人に集中してしまったのです。
建設業や清掃業の一人作業に関する安全対策調査によると、人手不足と費用削減の圧力が、一人作業を増やす大きな要因になっているとされています。
「この程度の作業なら一人で大丈夫だろう」
そんな判断が、取り返しのつかない結果を招いてしまいました。
💭 では、貯水池の清掃作業は本当にそれほど危険なのでしょうか？
⚠️ 貯水池清掃はなぜ危険なのか：転落したら這い上がれない構造
「ため池の掃除くらい、そんなに危険じゃないでしょ？」
そう思う人もいるかもしれません。でも実は、ため池は想像以上に危険な場所なんです。
🚨 健康な成人男性でも、一度落ちたら這い上がれない
これが、ため池の恐ろしさです。
なぜそんなに危険なのか、構造を見ていきましょう。
🏔️ ため池の斜面は25度で設計されている
25度と聞いてもピンとこないかもしれませんが、これはスキー場の初心者コースと同じくらいの角度です。
普通に歩くには問題ない角度ですが、水に濡れていると話は別です。
💧 表面が異常に滑りやすい
ため池の斜面には、水が漏れないようにするためのシート（遮水シート）が張られていたり、藻や水草が生えていたりします。
これが濡れると、想像以上に滑りやすくなるんです。
🌀 すり鉢状の構造
さらに問題なのが、ため池の形です。すり鉢のように、中心に向かってどんどん深くなっていく構造になっています。
一歩足が入ってしまうと、ズルッと滑って池の中心部に落ちてしまいます。
🏊 真水では人間は2%しか浮かない
ため池は真水です。海水と違って浮力が弱いため、人間の体は2%程度しか浮きません。
これがどのくらいかというと、「頭のてっぺんがほんの少し出るだけ」です。息継ぎをするために顔を上げようとすると、すぐに沈んでしまいます。
水難学者の専門的分析によると、「ため池における転落事故のほとんどは、ライフジャケットさえ着けていれば防げた可能性がある」とされています。
それだけ、人間の力だけで這い上がるのは困難だということです。
📊 実際の事故事例
令和4年7月、東北地方のため池で草刈り作業中に作業員1名が誤って転落しました。それを助けようとした方も溺れてしまい、2名が亡くなるという痛ましい事故が起きています。
これは、宮城県のため池安全対策センターの報告に記録されている実際の事例です。
💔 ため池の管理者自身も、作業中に犠牲になっているのが現実なんです。
💭 さらに今回は、74歳の高齢者という点も大きな問題でした...
👴 74歳の高齢作業員に単独作業：リスクは2倍以上
今回の事故で亡くなった宮浦さんは74歳でした。
「70代で働いているなんて」と驚く人もいるかもしれませんが、日本の現場では珍しいことではありません。
でも、高齢者に危険な作業をさせることには、大きなリスクがあります。
📈 60歳以上の事故率は30代の約2倍
厚生労働省の高年齢労働者安全衛生対策によると、60歳以上の労働災害発生率は、30代の約2倍になっています。
74歳となれば、そのリスクはさらに高くなると考えられます。
🔍 なぜ高齢者は事故に遭いやすいのか
年齢を重ねると、どうしても体の機能が低下します。
- 筋力の低下: ふんばる力、支える力が弱くなる
- バランス能力の低下: 姿勢を立て直すのが難しくなる
- 身体の柔軟性低下: 転びそうになった時にうまく受け身が取れない
特に問題なのが、「転倒」のリスクです。
建設業の高齢者安全対策ガイドによると、60歳以上では「転倒」による労働災害が2番目に多くなっています。
水辺での作業は、さらに転倒リスクが高まります。濡れた地面、滑りやすい斜面。若い人でも危険な環境です。
⏱️ さらに深刻なのが、事故後の影響
高齢者が転倒や転落で怪我をした場合、休業期間が長くなる傾向があります。
20代では「1週間未満」の軽傷で済むケースが多いのに対し、高齢になるほど「1ヶ月以上、2ヶ月以上」の重傷になりやすいんです。
ため池への転落となれば、命に関わります。実際、農林水産省のため池事故データでは、ため池での死亡事故の44%が70歳以上となっています。
74歳の作業員を一人で貯水池清掃に行かせることが、どれだけ危険だったか。数字が物語っています。
💭 では、会社と農協の責任はどうなるのでしょうか...
⚖️ 会社と農協の安全管理体制に問題は？翌日発見の背景
この事故で多くの人が疑問に思ったのが、「なぜ当日中に探さなかったのか」という点です。
午前7時から作業を始めて、勤務終了時刻になっても戻ってこない。普通なら「何かあったのでは？」と考えて、すぐに現場を確認するはずです。
⏰ でも実際には、会社が農協に連絡したのは翌日。
発見されたのは、作業開始から24時間以上経ってからでした。
📜 会社の「安全配慮義務」違反の可能性
会社には、従業員の安全を守る「安全配慮義務」があります。これは労働契約法で定められた法的な責任です。
具体的には、次のような義務があるとされています。
- 危険な作業をする際の安全対策を講じる
- 事故が起きた時にすぐに対応できる体制を整える
- 従業員の健康状態を把握し、無理な作業をさせない
今回のケースでは、これらの義務が十分に果たされていたとは言えません。
🔎 判断のポイントは3つ
安全配慮義務違反かどうかは、次の3点で判断されます。
1. 予見可能性: 事故が起きることを予測できたか
→ 貯水池作業の危険性は知られている。74歳の一人作業は予見可能なリスク
2. 因果関係: 会社の対応と事故に関連があるか
→ 一人作業を許可し、戻らなくても当日中に探さなかった
3. 労働者の過失: 作業員側に大きな過失があったか
→ 通常の清掃業務中の事故であり、作業員の過失は考えにくい
安全配慮義務に関する専門解説によると、安全配慮義務違反が認められた場合、会社は数千万円規模の損害賠償を命じられるケースもあります。
🏢 農協の管理責任も問われる可能性
施設を管理していた農協にも、責任が問われる可能性があります。
- 危険な作業を委託する際の安全確認は十分だったか
- 作業の進捗確認体制はあったか
- 安全設備（フェンス、救助ネットなど）は整備されていたか
「簡単な清掃作業」という認識で、リスク管理が甘かった可能性が指摘されています。
💡 実は、勤務終了時間に戻ってこない従業員を当日中に探さないことは、それだけで安全配慮義務違反に問われる可能性があります。
特に、危険な作業現場であればなおさらです。
💭 では、この悲劇を繰り返さないために、どんな対策が必要だったのでしょうか...
🛡️ 同様の事故を防ぐには：必要な安全対策
では、この悲劇を繰り返さないために、どんな対策が必要だったのでしょうか。
✨ 実は、どれも「やろうと思えばできた」ことばかりなんです
👥 1. 最低2人での作業を徹底する
一人作業の最大の問題は、「何かあっても誰も助けられない」ことです。
2人いれば、一人が転落しても、もう一人が救助を呼べます。救助隊が来るまでの対応もできます。
一人作業の安全対策に関する企業向けガイドでも、危険な作業では複数人での作業が基本とされています。
「人件費が2倍になる」という声もあるでしょう。でも、命はお金では買えません。
🦺 2. ライフジャケットを必ず着用する
水辺での作業では、ライフジャケットの着用が命を守ります。
国土交通省のライフジャケット着用推奨データによると、釣り中の海中転落者の死亡率は次のように違います。
非着用
約46%
死亡・行方不明
着用
約19%
死亡・行方不明
着用するだけで、死亡リスクが半分以下になるんです。
「川のシートベルト」とも呼ばれるライフジャケット。数千円で命が守れるなら、安い投資です。
📞 3. 定時連絡体制を作る
「○時に作業開始します」「○時に作業終了しました」
この連絡を義務化するだけで、異常にすぐ気づけます。
連絡がなかったら、すぐに現場確認。これを徹底していれば、24時間後の発見にはなりませんでした。
👴 4. 高齢者への特別な配慮
74歳の作業員に対しては、次のような配慮が必要です。
- 危険度の高い作業は避ける
- 作業前の健康チェック
- こまめな休憩時間の確保
- 熱中症などのリスク管理
厚生労働省は「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン」を公表しています。
企業には、このガイドラインに沿った対策が求められています。
🔧 5. 安全設備の整備
宮城県のため池安全対策事例では、次のような設備が推奨されています。
- ため池救助ネット（転落しても這い上がれる網）
- 侵入防止フェンス
- 警告看板
- 救助用ロープの設置
これらの設備があれば、転落しても自力で這い上がれたり、救助が容易になったりします。
⚠️ 「簡単な作業」という油断が命取り
今回の事故で浮き彫りになったのは、「貯水池の清掃くらい簡単だろう」という認識の甘さです。
実際には、健康な大人でも命を落とす危険な作業でした。
費用を惜しんで安全対策を怠れば、取り返しのつかない結果を招きます。そして、その代償は金額では測れないものになるのです。
📝 まとめ：この事故から学ぶべきこと
北海道士幌町の貯水池事故は、日本の労働現場が抱える構造的な問題を浮き彫りにしました。
🔴 この事故の問題点
- 74歳の作業員に危険な貯水池清掃を一人で任せた
- 勤務終了時刻に戻らなくても、当日中に探さなかった
- ライフジャケットなどの基本的な安全対策がなかった
- 貯水池の構造的危険性が十分に認識されていなかった
- 費用削減が安全軽視につながった
💡 知っておくべき事実
- 貯水池は健康な大人でも這い上がれない危険な構造
- 60歳以上の労働災害発生率は30代の約2倍
- ライフジャケット着用で死亡リスクは半分以下になる
- 会社には従業員の安全を守る法的責任がある
✅ 簡単にできた防止策
- 最低2人での作業
- ライフジャケットの着用
- 定時連絡体制の確立
- 高齢者への特別配慮
- 安全設備の整備
この事故で亡くなった宮浦信一さんは、74歳になっても地域や農業のために働き続けていた方でした。
そんな方の命が、「人件費削減」や「これくらい大丈夫」という判断で失われてしまったのです。
❓ あなたの周りに、危険な環境で働いている人はいませんか？
一人作業を強いられている人はいませんか？
この事故を他人事と思わず、すべての労働現場で安全管理を見直すきっかけにしてほしいと思います。
❓ よくある質問（FAQ）
Q1. 一人作業は法律で禁止されていないの？
一人作業自体は法律で明確に禁止されていませんが、会社には「安全配慮義務」があり、危険な作業を一人でやらせて事故が起きれば会社の責任が問われます。労働契約法第5条で定められた法的責任です。
Q2. なぜ貯水池に落ちると這い上がれないの？
ため池の斜面は25度で設計され、遮水シートや藻で非常に滑りやすくなっています。すり鉢状の構造で一歩足が入るとズルッと滑り、真水では人間の体は2%程度しか浮かないため、健康な成人男性でも這い上がるのは極めて困難です。
Q3. 高齢者の労働災害リスクはどのくらい高いの？
厚生労働省の調査によると、60歳以上の労働災害発生率は30代の約2倍です。特にため池での死亡事故では、70歳以上が全体の44%を占めており、高齢者ほど事故に遭いやすく、重症化しやすい傾向があります。
Q4. ライフジャケットでどれだけ助かる確率が上がるの？
海上保安庁のデータによると、釣り中の海中転落者の死亡・行方不明率は、ライフジャケット非着用で約46%、着用で約19%となっており、着用するだけで死亡リスクが半分以下になります。
Q5. 会社が当日中に探さなかったことは問題？
勤務終了時間に戻ってこない従業員を当日中に探さないことは、安全配慮義務違反に問われる可能性があります。特に危険な作業現場であれば、すぐに安否確認するのが会社の責任です。
Q6. どんな安全対策があれば防げたの？
最低2人での作業、ライフジャケットの着用、定時連絡体制の確立、高齢者への特別配慮、ため池救助ネットなどの安全設備の整備があれば、この事故は防げた可能性が高いです。どれも実現可能な対策でした。
📚 参考文献
- 農林水産省：農業用ため池の安全対策
- 厚生労働省：高年齢労働者の安全衛生対策
- 国土交通省：ライフジャケット着用のすすめ
- ため池に落ちると、なぜ命を落とすのか（水難学者解説）
- 宮城県：ため池等の農業用水利施設での水難事故防止
- 安全配慮義務違反とは
- 安全配慮義務について
- 建設業における高齢者の安全対策
- 一人作業の安全対策
- 一人作業の危険性と対策
- 安全配慮義務とは（労働契約法解説）
