🏃 34歳の大迫傑選手が、またしても日本マラソン界の歴史を塗り替えました。
2025年12月7日、スペイン・バレンシアマラソンで2時間4分55秒の日本新記録を樹立。これは大迫選手にとって、なんと3度目の日本記録更新です。
一度は引退を発表し、12年間続いたナイキとの契約も終了。「都落ち」と揶揄されながら中国メーカー「リーニン」に移籍した直後のレースで、鈴木健吾選手の記録を4年ぶりに破ってみせたのです。
なぜ34歳で自己ベストを更新できたのか? なぜ引退から復帰したのか? この記事では、大迫傑選手の「逆襲」の全貌を解説します。

📋 この記事でわかること
大迫傑が34歳で日本新記録!2時間4分55秒の詳細
📌 結論:大迫傑選手は2025年12月7日、スペイン・バレンシアマラソンで2時間4分55秒(速報値)の日本新記録を樹立し、4位でフィニッシュしました。
優勝はケニアのジョン・コリル選手で、タイムは2時間2分25秒。世界トップとの差はまだありますが、大迫選手は日本人として最速のゴールを切りました。
レース展開を振り返ると、大迫選手は序盤から無理をせず第2集団でレースを進めました。
月刊陸上競技の報道によると、主な通過タイムは以下の通りです。
⏱️ 通過タイム
- 5km:14分48秒
- 10km:29分37秒
- 20km:59分22秒(ハーフ通過:1時間2分41秒)
- 30km:1時間28分52秒
- 40km:1時間58分36秒
注目すべきは、中盤以降も5kmを15分以内で刻み続けたこと。そして40km地点で4位に浮上し、そのままゴールまで順位を守り切りました。
💡 実は:34歳で自己ベストを出すマラソン選手は世界的にも稀なんです。一般的に、マラソンランナーのピークは28〜32歳とされています。30代後半になると体力の衰えが避けられず、記録が落ちていくのが普通です。
ところが大迫選手は、ピークを過ぎたはずの年齢で自己ベストを更新。しかも、それが日本新記録だったのですから、いかに異例の快挙かがわかります。
では、この記録は前の日本記録とどれくらい違ったのでしょうか? 実は、その差はたったの「1秒」でした。
鈴木健吾の記録を「1秒」だけ上回った意味
📌 結論:大迫傑選手の新記録は、鈴木健吾選手が2021年に樹立した2時間4分56秒を、わずか1秒だけ上回るものでした。
「たった1秒?」と思うかもしれません。でも、この1秒には重みがあります。
まず、鈴木健吾選手の記録がどれだけ凄かったかを振り返りましょう。
月刊陸上競技の記事によると、2021年2月28日のびわ湖毎日マラソンで鈴木選手が出した2時間4分56秒は、日本人として、そしてアフリカ系以外の選手として世界で初めて2時間5分の壁を破った記録でした。
その壁を突破したタイムは、4年間誰にも破られませんでした。大迫選手自身も、2020年東京マラソンで2時間5分29秒の日本記録を出しましたが、わずか1年後に鈴木選手に抜かれていたのです。
📊 日本記録の変遷
- 2018年10月:大迫傑 2時間5分50秒(シカゴマラソン)
- 2020年3月:大迫傑 2時間5分29秒(東京マラソン)
- 2021年2月:鈴木健吾 2時間4分56秒(びわ湖毎日マラソン)
- 2025年12月:大迫傑 2時間4分55秒(バレンシアマラソン)←今回
つまり、大迫選手は自分の記録を鈴木選手に破られてから4年後、ついに記録を奪還したことになります。
💡 実は:鈴木選手が日本記録を出したときも「偶然」がきっかけでした。36km付近で給水を取り損ねた鈴木選手は、「行くしかない」と覚悟を決めてスパート。結果として、ラスト5kmを14分23秒という驚異的なペースで走り、日本記録を達成したのです。
その「偶然が生んだ記録」を、大迫選手は4年かけて1秒だけ上回りました。
ただ、ここで気になることがあります。大迫選手は2020年に日本記録を出した後、2021年の東京五輪を最後に一度引退しています。なぜ彼は引退し、そしてなぜ復帰を決意したのでしょうか?
なぜ引退した大迫傑は復帰を決意したのか
📌 結論:大迫選手が復帰を決意したきっかけは、引退後に観戦した2021年シカゴマラソンで、35歳のゲーレン・ラップ選手が2位になった姿を見たことでした。
そもそも、大迫選手はなぜ引退したのでしょうか?
日本オリンピック委員会(JOC)の発表によると、大迫選手は2021年7月29日、東京五輪の直前にSNSで引退を表明しました。
引退の理由として、本人はこう語っています。
「東京を競技人生の最高のゴールにするため。次があるっていう言い訳をなくしたくて、この大会をゴールにしました」
💡 実は:引退の理由は「走れなくなったから」ではなく、「次があるという言い訳をなくすため」だったのです。完全燃焼するための引退でした。
つまり、「まだ次がある」と思っていると全力を出し切れない。だから東京五輪を「ラストレース」と決めることで、持てる力のすべてを出し切ろうとしたわけです。
結果、東京五輪マラソンでは6位入賞を果たしました。
その後、引退生活に入った大迫選手は、競技とは関係なく「楽しんで走る」生活を始めました。ランニングコミュニティを楽しんだり、美味しくご飯を食べるために走ったり。
転機となったのが、2021年10月のシカゴマラソンです。
大迫選手が観戦していたそのレースで、35歳のゲーレン・ラップ選手(アメリカ)が2位に入りました。大迫選手より4歳年上の選手が、世界のトップで戦う姿。
「純粋に選手としてもう一度走りたいと思った」
そう語った大迫選手は、2022年2月7日に現役復帰を発表しました。引退からわずか半年後のことでした。
復帰後は、2023年のMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)で3位に入り、パリ五輪代表に内定。ただ、パリ五輪本番では25km過ぎで先頭集団から遅れ、13位という結果に終わりました。
パリ五輪からわずか3ヶ月後、大迫選手には大きな変化がありました。12年間続いたナイキとの契約を終了し、中国メーカー「リーニン」と契約したのです。
ナイキを離れリーニンと契約した本当の理由
📌 結論:大迫選手がリーニンを選んだ理由は「新しい価値を作るため」。ナイキでは「日本というエリアのアイコン」に留まってしまうという限界感がありました。
2025年10月17日、大迫選手は自身のSNSでナイキとの契約終了とリーニンへの移籍を発表しました。
リーニン(LI-NING)とは、中国国内でナイキ、アディダスに次ぐ3番目の規模を誇るスポーツ用品メーカー。東京五輪の男子10000m金メダリスト、セレモン・バレガ選手(エチオピア)などをサポートしています。
この移籍には、SNS上で「都落ち」「なぜ知名度のない中国メーカーと?」というネガティブな声も上がりました。
しかし、Number Webのインタビューで、大迫選手は移籍の真意をこう語っています。
「NIKEのような世界的企業から見ると、大迫傑というのは日本というエリアのアイコンでしかいられないんですよね。仕方ない面もあるし、NIKEの考えも理解できるんですよ」
「だけど、リーニンは大迫傑の優先順位が高かったし、僕自身の取り組みを含めて評価してくれた。だからこそ、リーニンと契約することで、新しいことができる、ランニングにおける新しい価値を作っていけると考えた」
さらに、「メイド・イン・チャイナの概念を変えた方がいい」とも発言。単なる用具契約ではなく、ブランドと一緒に何かを作り上げていくことを重視した選択だったのです。
また、「アスリートでいられる時間」を考えたことも大きかったと言います。
「自分はあと何年アスリートでいられるんだろう、と。大谷翔平選手にだってトップアスリートとしての賞味期限があるでしょうし(中略)長期的にみたら『終わり』がくるわけです」
34歳という年齢を考えれば、競技人生の終わりは遠くありません。その限られた時間で、自分の価値を最大化できるパートナーとしてリーニンを選んだのです。
💡 実は:「都落ち」と批判された移籍直後のレースで日本新記録を出したことで、大迫選手の選択が正しかったことが証明されました。リーニンのシューズを履いて走ったバレンシアマラソンで、4年ぶりの日本記録更新。これ以上ない形で、批判に答えてみせたのです。
そして、この日本新記録は2028年ロサンゼルス五輪への道を大きく開くものでもありました。
ロサンゼルス五輪への道|MGC出場権獲得の意味
📌 結論:今回の日本新記録により、大迫選手は2027年開催予定のMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)出場権を獲得しました。2028年ロサンゼルス五輪への道が開けたのです。
MGCとは、オリンピックや世界陸上のマラソン日本代表を決める選考レースのこと。出場するためには、指定された大会で一定のタイムをクリアする必要があります。
今回の場合、男子は「2時間6分30秒以内」が出場条件でした。大迫選手の2時間4分55秒は、この条件を大幅にクリアしています。
月刊陸上競技の報道によると、大迫選手は今回の結果でロサンゼルス五輪代表選考会となるMGCへの出場権を獲得しました。
🏅 大迫選手の五輪出場歴
- 2016年リオ五輪:10000m、5000m出場
- 2021年東京五輪:マラソン6位入賞
- 2024年パリ五輪:マラソン13位
もしロサンゼルス五輪に出場すれば、3大会連続のマラソン出場となります。
💡 実は:2028年のロサンゼルス五輪開催時点で、大迫選手は37歳になっています。もし出場が実現すれば、日本男子マラソン史上最年長での五輪出場となる可能性があります。
通常なら衰えていく年齢で、世界の舞台に立ち続ける——それこそが大迫選手の目指す「新しい価値」なのかもしれません。
34歳で日本新記録、37歳で3度目の五輪出場へ。大迫傑選手の挑戦は、まだ終わっていません。
まとめ
📝 今回の記事のポイント
- 大迫傑選手(34歳)がバレンシアマラソンで2時間4分55秒の日本新記録を樹立
- 鈴木健吾選手の記録(2時間4分56秒)を4年ぶりに1秒更新
- 大迫選手にとって3度目の日本記録更新(2018年、2020年、2025年)
- 2021年東京五輪後に引退→2022年に復帰という経緯
- ナイキからリーニンへの移籍直後のレースで結果を出した
- 今回の記録でロサンゼルス五輪代表選考会(MGC)出場権を獲得
「言い訳をなくすため」に引退し、「もう一度走りたい」という純粋な気持ちで復帰した大迫選手。34歳での日本新記録は、年齢や常識に縛られない生き方そのものを体現しています。
2027年のMGC、そして2028年のロサンゼルス五輪に向けて、大迫選手の挑戦から目が離せません。
よくある質問
Q. 大迫傑の日本新記録のタイムは?
2025年12月7日のバレンシアマラソンで2時間4分55秒(速報値)を記録しました。これは鈴木健吾選手が2021年に樹立した2時間4分56秒を1秒更新する日本新記録です。
Q. なぜ大迫傑は34歳で自己ベストを更新できた?
一度引退して「楽しんで走る」期間を経たことで心身がリフレッシュされたこと、35歳で活躍するゲーレン・ラップ選手に刺激を受けて復帰したこと、そしてリーニンとの新たなパートナーシップで競技に集中できる環境を整えたことが要因と考えられます。
Q. 大迫傑はなぜナイキからリーニンに移籍した?
大迫選手本人によると「NIKEでは日本というエリアのアイコンでしかいられない」という限界感があり、リーニンでは「新しい価値を作っていける」と判断したためです。単なる用具契約ではなく、ブランドと共に何かを作り上げることを重視した選択でした。
Q. 大迫傑のロサンゼルス五輪出場の可能性は?
今回の日本新記録により、2027年開催予定のMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)出場権を獲得しました。MGCで代表に選ばれれば、2028年ロサンゼルス五輪に出場できます。出場時点で37歳となり、日本男子マラソン史上最年長での五輪出場となる可能性があります。
参考文献