女優の中島ゆたかさんが、2025年11月27日に亡くなりました。73歳でした。
この訃報を受けて、ムードコーラスグループ「純烈」のリーダー・酒井一圭さんがインスタグラムで追悼。
「感謝と有難さが遥かに大きく湧いてまいります」と、映画での共演を振り返りました。
中島さんといえば、1975年の映画「トラック野郎 御意見無用」で初代マドンナを務めた名女優。
実は亡くなる4か月前の2025年7月まで、がんと闘いながらイベントに登壇していたんです。
この記事では、酒井さんの追悼コメントの詳細や、中島さんが演じた役柄、そして50年以上にわたる女優人生についてお伝えします。

📖 この記事でわかること
中島ゆたかさん死去、大腸がんで闘病3年 ─ 最後まで現役を貫いた女優魂
📌 結論
中島ゆたかさんは2025年11月27日午後11時15分、大腸がんのため神奈川県の自宅で亡くなりました。73歳でした。
映画.comの報道によると、中島さんは約3年前の2022年頃に大腸がんが見つかったそうです。
手術を受けた後も治療を続けながら、仕事を続けていたといいます。
訃報の発表が死去から約1週間後になったのは、先に家族だけで葬儀を済ませたから。
喪主は長女の上野南実さんが務めました。
香典・供花・供物・弔電は、東映株式会社総務部総務室(東京都中央区京橋2-2-1 京橋エドグラン)で受け付けています。
💡 実は中島さん、闘病中とは思えないほど精力的に活動を続けていました。
2021年・2022年には純烈主演の映画に出演。
2025年7月には「トラック野郎」50周年イベントにも登壇しています。
最後まで「現役女優」としての姿勢を貫いた中島さん。
その訃報に、共演した純烈・酒井一圭さんが心のこもった追悼コメントを発表しています。
純烈・酒井一圭が追悼「感謝と有難さが遥かに大きく湧いてまいります」─ 撮影現場での秘話
📌 結論
酒井一圭さんは「もう1作、3度目の純烈ジャーをやりたかった」と無念の思いを明かしました。
12月4日、酒井さんは自身のインスタグラムを更新。
「俳優・中島ゆたかさんの訃報に触れて」と題した投稿で、撮影現場での思い出を振り返っています。
酒井さんによると、中島さんは「現場では控えめで、はにかみながら共演の皆さんとお話しされてる姿」が印象的だったとのこと。
「この現場を楽しんでいらっしゃるとホッとしたことを覚えています」と、穏やかな人柄を偲んでいます。
一方で演技については「作中では存在感抜群。本作に気品と重厚感を大いに与えてくださいました」と絶賛。
特に「小田井(涼平)さんとの変身シーンでは、コミカルなパフォーマンスで何度見ても笑ってしまいます」と、意外な一面も明かしました。
🎬 実は酒井さん、「純烈ジャー」の3作目を考えていたそうです。
「もう1作。タイミングが来た時、3度、純烈ジャーをやれればと思案していた矢先でした」
「とても残念で寂しい気持ちですが、空を見上げますと出会えたことへの感謝と有難さが遥かに大きく湧いてまいります」
投稿の最後には「中島さん、ありがとうございました。合掌」と結んでいます。
ちなみに、純烈ジャーの佛田洋監督は中島さんの大ファンだったそう。
スポーツ報知の報道によると、酒井さんいわく「監督が現場で少年のように大喜びしている姿も印象的でした」とのことです。
では、中島さんが演じた「青のオフロディーテ」とは、どんな役だったのでしょうか。
純烈ジャー「青のオフロディーテ」役とは?小田井涼平との変身シーンが話題に
📌 結論
中島さんが演じたのは、青い袴の巫女服を着た「温泉の女神」。
純烈メンバーの小田井涼平さんを選び、一緒に「純ブルー」に変身させる役柄でした。
「スーパー戦闘 純烈ジャー」は、ムード歌謡グループ「純烈」が戦隊ヒーローになって活躍する特撮映画です。
2021年に第1作、2022年に続編「追い焚き☆御免」が公開されました。
作中で純烈の4人は「温泉施設を守るヒーロー」として悪と戦います。
その変身をサポートするのが、4人の「オフロディーテ」と呼ばれる女神たち。
中島さんの「青のオフロディーテ」は、巫女服姿で登場し、小田井さんと「1つになって」変身するという設定でした。
前述のとおり、酒井さんは中島さんの演技を「気品と重厚感」と評価。
でも変身シーンでは「コミカルなパフォーマンス」も披露していて、このギャップがファンの間で話題になりました。
🎭 オフロディーテ役のキャスト
- 赤のオフロディーテ:ふせえり
- 緑のオフロディーテ:小林綾子
- 青のオフロディーテ:中島ゆたか
- 紫のオフロディーテ:しのへけい子
ラスボス役にはなんと小林幸子さんが登場するなど、豪華キャストが話題を呼んだ作品でした。
純烈ジャー出演後も現役を続けた中島さん。
最後の仕事となったのは、デビュー作「トラック野郎」の50周年記念イベントでした。
最後の仕事は「トラック野郎」50周年イベント ─ 宇崎竜童と主題歌を披露
📌 結論
中島さんの最後の仕事は、2025年7月6日に東京・池袋の新文芸坐で開催された「トラック野郎」50周年記念イベントでした。
「公開50周年記念 トラック野郎・銀幕を駆ける一番星」と題されたこのイベント。
1975年公開の映画「トラック野郎 御意見無用」の節目を祝うものでした。
中島さんは同作で初代マドンナ・倉加野洋子役を演じており、50年の時を経てのステージ登壇となりました。
この日は主題歌「一番星ブルース」を作曲した宇崎竜童さん(79)も登壇。
2人で主題歌を歌い上げ、集まったファンを喜ばせたそうです。
⚠️ 実はこの時、中島さんはすでに大腸がんと闘っている最中でした。
でも報道によると、闘病中とは思えないほど元気な姿を見せていたとのこと。
これが公の場での最後の姿となり、約4か月後の11月27日に帰らぬ人となりました。
では、そもそも中島さんはどんな女優だったのでしょうか。
「トラック野郎」での活躍から、その経歴を振り返ります。
「トラック野郎」初代マドンナから始まった輝かしい経歴
📌 結論
中島ゆたかさんは1971年にミス・パシフィック世界大会で2位に輝き、1975年の「トラック野郎 御意見無用」で初代マドンナを務めてブレイクしました。
🌟 生い立ちと芸能界入り
中島さんは1952年10月5日、茨城県水戸市で生まれました。
実家は寿司屋だったそうです。
茨城キリスト教学園高校を卒業後、1971年にミス・パシフィック日本代表に選出。
同年の世界大会で第2位に輝きました。
その後ファッションモデルとして活動し、1973年に東映へ入社しています。
🎬 「トラック野郎」初代マドンナに抜擢
1973年のデビュー後、千葉真一さん主演の「激突!殺人拳」(1974年)などでヒロインを務め、頭角を現します。
そして1975年、人生を変える作品に出会いました。
菅原文太さん・愛川欽也さん主演の「トラック野郎 御意見無用」です。
💡 実は初代マドンナは、当初は別の女優で決まっていたそうです。
中島さん自身がインタビューで明かしたところによると──
「私より先輩の女優さんで決まっていたんです。ところが文太さんも愛川さんも『マドンナにふさわしくない』と反対され、それで私に回ってきた」
主演2人に見込まれての抜擢だったんですね。
中島さんは盛岡のドライブインで働くウェイトレス・倉加野洋子役を好演。
公開初日には丸の内東映劇場に1500人が押し寄せ、最終的な配給収入は約8億円を記録する大ヒットとなりました。
📺 その後の活躍
「トラック野郎」での成功後も、中島さんは数々の作品で活躍しました。
- 「殺人遊戯」(1978年/松田優作主演)
- 「蘇える金狼」(1979年/松田優作主演)
- 「極道の妻たちⅡ」(1987年)
- ドラマ「Gメン'75」「家政婦は見た!」など多数
身長168cmという当時としては長身のスタイルで、「長身のクールビューティー」として一時代を築きました。
悪女から健気な女性まで幅広い役柄を演じ、「東映マドンナ」と呼ばれた中島さん。
晩年の2021年・2022年に純烈ジャーシリーズに出演したことで、特撮ファンの間でも改めて話題になりました。
中島ゆたかさんの家族 ─ 1981年結婚、長女が喪主を務める
📌 結論
中島さんは1981年に一般の男性と結婚し、長女がいます。
今回の葬儀では、その長女・上野南実さんが喪主を務めました。
結婚相手は芸能関係者ではなく、名前や職業は公表されていません。
中島さんの本名は「上野ゆたか」で、「中島」は結婚前の旧姓です。
プライベートをあまり公にしない方だったようですね。
❌「菜々緒と親子」説は誤情報
ネット上では「中島ゆたかさんと菜々緒さんは親子?」という噂が広まったことがあります。
Googleで検索すると「中島ゆたか 菜々緒」と出てくることも。
⚠️ これは事実ではありません。
菜々緒さん自身がテレビ番組で「母親は芸能関係者ではない」と話しています。
両者に血縁関係はありません。
この噂は「見た目の雰囲気が似ている」という理由だけでSNSで広まったものです。
まとめ
女優・中島ゆたかさんは2025年11月27日、大腸がんのため73歳で亡くなりました。
📝 この記事のポイント
- 死因は大腸がん:2022年頃に発覚し、約3年間闘病しながら現役を続けた
- 純烈・酒井一圭さんが追悼:「3作目をやりたかった」と無念を語り、「感謝と有難さが遥かに大きく湧いてまいります」とコメント
- 純烈ジャーでは「青のオフロディーテ」役:小田井涼平さんと変身するコミカルなシーンが話題に
- 最後の仕事は2025年7月の「トラック野郎」50周年イベント:宇崎竜童さんと主題歌を披露
- 「トラック野郎」初代マドンナ:菅原文太・愛川欽也の推薦で抜擢され、大ヒット
70年代を代表する名女優として活躍し、最後まで現役を貫いた中島ゆたかさん。
純烈・酒井一圭さんの言葉を借りれば──
「空を見上げますと出会えたことへの感謝と有難さが遥かに大きく湧いてまいります」
ご冥福をお祈りいたします。
よくある質問(FAQ)
Q. 中島ゆたかさんの死因は何ですか?
大腸がんです。2022年頃に発覚し、手術を経て約3年間闘病しながら仕事を続けていました。2025年11月27日に神奈川県の自宅で亡くなりました。
Q. 純烈・酒井一圭は何とコメントしましたか?
「3度目の純烈ジャーをやりたかった」と無念を明かし、「感謝と有難さが遥かに大きく湧いてまいります」と追悼コメントを発表しました。
Q. 純烈ジャーでの中島ゆたかさんの役柄は?
「青のオフロディーテ」という温泉の女神役です。青い袴の巫女服を着て、小田井涼平さんを選び「純ブルー」に変身させる役柄でした。
Q. 中島ゆたかさんの最後の仕事は?
2025年7月6日に東京・新文芸坐で開催された「トラック野郎」公開50周年記念イベントです。宇崎竜童さんと一緒に主題歌「一番星ブルース」を披露しました。
Q. 中島ゆたかさんと菜々緒さんは親子ですか?
いいえ、親子ではありません。菜々緒さん自身が「母親は芸能関係者ではない」と明言しており、両者に血縁関係はありません。SNSで広まった誤情報です。