⚖️ 2025年10月14日、長野地裁で重大な判決
2年前に4人の命を奪った青木政憲被告(34歳)に対し、裁判所は死刑を言い渡しました。
この裁判では「責任能力」が最大の争点となりました。弁護側は「妄想に支配されて善悪の判断ができなかった」と主張しましたが、裁判所は「完全に責任能力があった」と認定しました。
精神疾患を抱えながらも死刑判決に至った今回の事件。なぜこのような判断が下されたのか、詳しく見ていきましょう。
📋 この記事でわかること

🏞️ 長野4人殺害事件とは?のどかな田園地帯を襲った惨劇の全貌
2023年5月25日の午後4時25分頃、長野県中野市江部という静かな田園地帯で事件は起きました。
散歩をしていた70歳と66歳の女性2人が、突然男にナイフで襲われたのです。通報を受けて駆けつけた警察官2人(警部補46歳、巡査部長61歳)も、猟銃で撃たれてしまいました。
犯人は青木政憲被告(当時31歳)。農業を営む地元の男性でした。
事件後、青木被告は自宅に立てこもり、約12時間にわたって警察と対峙しました。母親が説得を試みましたが、被告は「絞首刑は嫌だ」と出頭を拒否。翌朝4時37分頃にようやく確保されました。
💡 実は、複数の警察官が1つの事件で同時に殉職したのは、1990年の沖縄抗争以来33年ぶりのことでした。
駆けつけた警察官2人は、通常の巡回中だったため拳銃を携帯しておらず、防弾チョッキも装着していませんでした。
下校中に現場を目撃した少年は、「女性から血が流れていた」と証言しています。のどかな田園地帯を一変させた凄惨な事件でした。
🔍 では、犯人はどんな人物だったのでしょうか?
次のセクションで、青木被告の背景と「孤立」の実態に迫ります。
👤 青木政憲被告はどんな人物?地元名士の家庭で育った「孤立」する息子
青木被告は、恵まれた家庭環境で育ちました。
父親は中野市議会議長を務める地元の名士。母親はジェラート店を経営するフラワーアーティストでした。被告自身も学生時代は野球に打ち込み、県立高校に進学するなど、ごく普通の少年だったといいます。
しかし、東京の大学に入学後、様子が変わり始めました。
まもなく大学を中退して実家に戻った被告は、「他人とほとんど会話をしなくなった」と知人は振り返ります。父親の勧めで果樹園でブドウ栽培を始め、2022年には母親のジェラート店も手伝うようになりました。
🍨 意外な事実
実は、被告は事件直前まで母親のジェラート店を手伝い、アイスクリームの味付けを研究する「普通の生活」を送っていたのです。
ところが、被告には1つの大きな問題がありました。「ぼっち」という言葉に異常なほど過敏に反応したのです。
デイリー新潮の報道によると、事件の9ヶ月前、被告は勤務先で「ぼっちとバカにしただろ」と激高し、男性に殴りかかるトラブルを起こしていました。母親は「大学時代に『独りぼっち』と言われていじめられ、その言葉に過剰に反応するところがあった」と証言しています。
公判で証人として立った父親は、「政憲のためにと思ってやったことがすべて逆の方向になってしまった」「親が病気を見逃した」と後悔の言葉を口にしました。
❓ 精神疾患の兆候があった被告に、なぜ死刑判決が下されたのでしょうか?
⚖️ なぜ死刑判決に?裁判の最大争点「責任能力」を巡る攻防
2025年9月4日から始まった裁判員裁判。最大の争点は「責任能力」でした。
被告は法廷でほとんど黙秘を続けました。しかし最終日、突然こう発言したのです。
「私は異次元の存在。人を殺して死刑になるために来た」
この不可解な発言が、裁判の難しさを物語っています。
検察側と弁護側は、被告の精神状態について全く異なる主張をしました。
🔴 検察側の主張
被告は「妄想症」だが、完全に責任能力があった。妄想が動機の形成に影響したのは事実だが、殺害するかどうかの判断は被告自身が行った。
🟢 弁護側の主張
被告は「統合失調症」で、妄想に強く支配されていた。善悪の判断力が著しく低下した「心神耗弱」の状態だった。
⚠️ 診断名が割れた
実は、検察側と弁護側の精神鑑定で、被告の診断名が「妄想症」と「統合失調症」と完全に異なっていたのです。
NBS長野放送の報道によると、検察側の鑑定医は「妄想が動機を形成する原因になったが、攻撃するかの判断は妄想が決めたわけではない」と証言しました。
一方、弁護側の鑑定医は「妄想に支配されている中で女性2人を見て、何かが引き金となり犯行に至った」と主張しました。
検察は死刑を求刑。弁護側は死刑の回避を求めました。
🤔 そもそも「責任能力」って何?
次のセクションで、わかりやすく解説します。
📚 責任能力って何?心神喪失・心神耗弱・完全責任能力の違いを分かりやすく解説
「責任能力」という言葉、ニュースでよく聞きますよね。でも、正確に理解している人は意外と少ないかもしれません。
責任能力とは、簡単に言うと「善悪を判断して、その判断に従って行動をコントロールする能力」のことです。
刑法では、この能力の程度によって3つに分類されます。
🎯 責任能力の3つの区分
❌ 1. 心神喪失(責任無能力)
善悪の判断や行動のコントロールが全くできない状態です。重度の精神疾患や知的障害などが該当します。
→ 無罪になります
⚠️ 2. 心神耗弱(限定責任能力)
善悪の判断や行動のコントロールが著しく困難だけど、完全にできないわけではない状態です。
→ 刑が必ず減軽されます
⭕ 3. 完全責任能力
善悪の判断も行動のコントロールもできる、通常の状態です。精神疾患があっても、これらの能力があれば完全責任能力と判断されます。
→ 通常通りに処罰されます
🚨 重要な事実
実は、精神疾患があっても「心神喪失」で無罪になることは極めて稀で、年間わずか数人程度しかいません。
「精神疾患があれば無罪になる」というのは大きな誤解なのです。
判断のポイントは2つあります。
1つ目は、精神疾患があるかどうか(生物学的要素)。2つ目は、その精神疾患が実際に善悪の判断や行動のコントロールにどれだけ影響したか(心理学的要素)です。
この判断は医師の精神鑑定を参考にしますが、最終的には裁判所が決めます。
ちなみに、お酒を飲んで犯罪を犯した場合はどうなるでしょうか?
自分の意志でお酒を飲んで酔った場合は、完全責任能力があると判断されます。「原因において自由な行為」という考え方です。
今回の事件では、この「責任能力」の判断が最大の争点となったのです。
💡 では、裁判所はなぜ「完全責任能力あり」と判断したのか?
次のセクションで、3つの理由を詳しく見ていきます。
🔍 裁判所が「完全責任能力あり」と認定した3つの理由
2025年10月14日、長野地裁の坂田正史裁判長は、被告に完全責任能力があったと認定しました。
その理由は大きく3つあります。
事件直前まで普通に社会生活を送っていた
被告は事件の直前まで、母親のジェラート店で働いていました。客と接したり、アイスクリームの味付けを研究したりする日常を送っていたのです。
裁判所は「事件直前まで普通に社会生活を送り、善悪の判断能力や行動をコントロールする能力は保たれていた」と指摘しました。
女性への犯行は理解可能な動機だった
被告が女性2人を襲った理由は、「ぼっちと馬鹿にされたと思った」というものでした。
妄想ではあるものの、「馬鹿にされたから怒った」という構造は理解できます。裁判所は、妄想が動機の形成に影響したことは認めましたが、「殺害という行動を選択したのは被告自身の判断」と認定したのです。
警察官への犯行は合理的判断だった
警察官2人への犯行については、さらに明確でした。
検察側の鑑定医は「逮捕などを逃れる行動で、妄想が動機の形成にすらなっていない」と証言しました。つまり、逮捕されないように警察官を撃つという、極めて合理的な(もちろん許されない)判断だったということです。
⚖️ 重要な認定
実は、裁判所は「妄想が動機に影響した」ことは認めつつも、「殺害するという行動の選択は被告自身が判断した」と認定しました。
NBS長野放送の報道によると、裁判所は判決でこう述べました。
「被告人は当時、善悪を判断し行動をコントロールする能力を特に問題なく保っており、完全責任能力を有していたと認定することができる」
「4名もの人々の尊い命を奪ったのであり、強固な殺意に基づく残虐極まりない犯行である。殺人行為を重ねてもなお淡々とし、人の生命を軽視してはばからない様子には、戦慄を覚えずにはいられない」
「酌量の余地など皆無であり、極めて厳しい非難に値する」
つまり、妄想の影響は部分的に認めたものの、行動を選択する能力は十分にあったという判断です。
🤔 「4人殺害で死刑」は当然なの?
次は、死刑判決の基準について見ていきましょう。
📊 「4人殺害で死刑」は当然?永山基準から見る判決の妥当性
「4人も殺害したら死刑は当然」と思う人もいるかもしれません。でも、日本の死刑判決には明確な基準があります。
それが「永山基準」です。
永山基準とは、1983年に最高裁判所が示した死刑適用の9つの判断要素のことです。元になったのは、永山則夫元死刑囚が拳銃で4人を殺害した事件でした。
⚖️ 永山基準の9つの要素
- 犯行の罪質
- 動機
- 態様(特に殺害方法の残虐性)
- 結果の重大性(特に被害者の数)
- 遺族の被害感情
- 社会的影響
- 犯人の年齢
- 前科
- 犯行後の情状
この中で特に重視されてきたのが「被害者の数」です。
一般的に、被害者が3人以上なら死刑がほぼ確実、2人で約半分が死刑、1人の場合は通常は死刑にならないという傾向がありました。
💡 意外な事実
実は、被害者が1人だけでも、犯行が特に残虐だったり動機が身勝手だったりすれば、死刑判決が下されることがあるのです。
今回の事件を永山基準で見てみましょう。
🎯 今回の事件の該当要素
- ▸ 結果の重大性:4人死亡(しかも警察官2人を含む)
- ▸ 態様:猟銃とナイフによる計画的・執拗な犯行
- ▸ 動機:身勝手(「ぼっち」と馬鹿にされたという思い込み)
- ▸ 社会的影響:33年ぶりの警察官複数殉職という衝撃
検察は論告で「他に類をみない悪質な犯行で、妄想症を考慮しても死刑を選択することはやむを得ない」と指摘しました。
裁判所も「被告人の刑事責任はあまりにも重大といわざるを得ないのであって、死刑の選択を回避すべき事情は見出すことができなかった」と述べています。
つまり、永山基準に照らしても、今回の死刑判決は妥当な判断だったということです。
ただし、裁判員裁判が始まってからは、永山基準に影響されない判決も増えています。第一審で死刑判決が出ても、控訴審で無期懲役に変更されるケースもあります。
🔮 では、今後この裁判はどうなるのでしょうか?
⏭️ 今後の展開は?控訴の可能性と死刑執行までの長い道のり
死刑判決が言い渡されましたが、これで全てが終わったわけではありません。
判決から2週間以内に、被告側は控訴することができます。死刑判決という結果を考えれば、弁護側が控訴する可能性は非常に高いでしょう。
控訴すると、裁判は高等裁判所に移ります。ここでも「責任能力」が再び争点になる可能性があります。
📊 裁判員裁判の死刑判決の行方
実は、裁判員裁判で死刑判決が出ても、その後の控訴審で無期懲役に変更されたケースが7件もあります。
裁判員(一般市民)の判断と、職業裁判官の判断に違いがあることが明らかになってきています。
控訴審でも死刑判決が維持された場合、被告側はさらに最高裁判所に上告することができます。
こうして裁判が長期化すると、判決確定まで数年かかることも珍しくありません。
そして、判決が確定した後も、すぐに執行されるわけではありません。
⏳ 死刑執行までの流れ
死刑の執行は法務大臣の命令によって行われます。
判決確定から執行までの期間は決まっておらず、数年から十数年かかることもあります。
2025年10月現在、日本には約110人の確定死刑囚がいます。その多くが、判決確定から長い年月を刑務所で過ごしています。
今回の事件は、4人の尊い命が失われた重大な事件です。同時に、精神疾患を抱える人への適切な支援、銃器管理の課題、司法が命の重さをどう判断するのかという、私たちの社会が向き合うべき多くの問題を投げかけています。
📝 まとめ:長野4人殺害事件 死刑判決の要点
- ✓ 2023年5月25日、長野県中野市で女性2人と警察官2人が殺害された
- ✓ 青木政憲被告(34歳)に2025年10月14日、長野地裁が死刑判決を言い渡した
- ✓ 最大の争点は「責任能力」。検察は「完全責任能力あり」、弁護側は「心神耗弱」と主張
- ✓ 裁判所は「妄想の影響は認めるが、行動の選択は被告自身が判断した」として完全責任能力を認定
- ✓ 永山基準に照らしても、4人殺害という結果の重大性から死刑判決は妥当と判断された
- ✓ 今後、控訴審・上告審と続く可能性が高く、判決確定まで長期化する見込み
💭 この事件について、あなたはどう思いますか?
精神疾患を抱える人への社会の支援、責任能力の判断基準、死刑制度のあり方など、考えるべき点は多くあります。
🔍 よくある質問(FAQ)
Q1: 長野4人殺害事件とはどんな事件ですか?
2023年5月25日に長野県中野市で発生した事件で、散歩中の女性2人と駆けつけた警察官2人がナイフと猟銃で殺害されました。犯人の青木政憲被告は約12時間立てこもった後に逮捕されました。
Q2: 責任能力とは何ですか?
善悪を判断して、その判断に従って行動をコントロールする能力のことです。心神喪失(無罪)、心神耗弱(刑の減軽)、完全責任能力(通常通り処罰)の3段階に分類されます。
Q3: なぜ完全責任能力があると判断されたのですか?
裁判所は、被告が事件直前まで普通に社会生活を送っていたこと、女性への犯行動機が理解可能であること、警察官への犯行が合理的判断だったことから、完全責任能力を認定しました。
Q4: 永山基準とは何ですか?
1983年に最高裁判所が示した死刑適用の9つの判断要素のことです。犯行の罪質、動機、態様、結果の重大性(特に被害者数)、遺族感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行後の情状が含まれます。
Q5: 今後の裁判はどうなりますか?
判決から2週間以内に被告側が控訴する可能性が高く、控訴審、上告審と続く見込みです。裁判員裁判の死刑判決が控訴審で無期懲役に変更されたケースも7件あります。
Q6: 精神疾患があれば無罪になるのですか?
いいえ。精神疾患があっても「心神喪失」で無罪になることは極めて稀で、年間わずか数人程度です。精神疾患があっても善悪の判断や行動のコントロールができれば、完全責任能力があると判断されます。
Q7: 被害者が何人なら死刑になりますか?
一般的に被害者が3人以上なら死刑がほぼ確実、2人で約半分が死刑となる傾向があります。ただし、被害者が1人でも犯行が特に残虐だったり動機が身勝手だったりすれば、死刑判決が下されることもあります。
📚 参考文献