2025年12月28日の朝。NACK5「松岡昌宏の彩り埼先端」から、48歳の声が流れた。
12歳から36年間所属した事務所を離れ、新会社で再出発する。
その決断を、自らの言葉で語った瞬間だった。

松岡昌宏が年内でSTARTO退所、新会社MMsunで再出発
スポニチアネックスの報道によると、松岡は12月28日放送のレギュラーラジオ番組内で、自らこの決断を発表した。
実は、11月の時点で週刊誌が退所を報じていた。
しかし本人の口から語られたのは、この日が初めてだった。
番組内でこう語った松岡。1月にはホームページも立ち上がる予定で、ファンに向けて「そちらを調べていただければ」と呼びかけた。
元TOKIOメンバーの独立パターンとの比較
ここで、過去の元TOKIOメンバーの独立パターンを振り返ってみたい。
- 長瀬智也(2021年退所):他事務所に所属せず裏方として活動。表舞台から完全に姿を消す
- 山口達也(2018年脱退):講演活動を中心に。芸能活動から転身
- 松岡昌宏(2025年退所):新会社設立+代表取締役+表舞台継続
では、松岡はどうか。
新会社を設立し、代表取締役として自ら経営に関わる。それでいて俳優業やラジオなど、表舞台にも立ち続ける。
いわば「選手兼監督」の道だ。
長瀬のような完全裏方でもなく、山口のような活動縮小でもない。48歳にして、攻めの独立を選んだことになる。
では、この「MMsun」とは一体どんな会社なのだろうか。
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新会社「MMsun」とは?株式会社TOKIOとの意外な共通点
注目すべきは所在地である。
これは、廃業予定の株式会社TOKIOと同じビル、同じフロアだ。
coki.jpの調査によると、さらに興味深い事実が判明している。
資本金や株式数まで、株式会社TOKIOとほぼ同規模なのだ。
なぜ同じ場所なのか──「静かなバトンタッチ」の意味
これは偶然だろうか。
株式会社TOKIOは2025年7月2日、グループ解散に伴い廃業すると発表している。取引先との契約整理が終わり次第、会社は消える。
その跡地に、松岡個人の会社が建つ。
形式的には別会社だ。しかし場所も規模も同じというのは、ある種の「継承」を意識しているように見える。
特に注目すべきは、MMsunの事業内容に追加された「ある項目」である。
「音楽著作権管理」追加の意味──クリエイター松岡の本気
これは単なるタレント事務所ではない。
クリエイティブ・カンパニーとしての船出だ。
音楽業界における著作権管理の重要性
音楽業界では、著作権と原盤権がアーティストの収益の根幹を成す。
- 著作権:楽曲が使用されるたびに発生する使用料(テレビ、ラジオ、カラオケ、動画配信など)
- 原盤権:CDやストリーミング配信での収益。レコーディングされた音源そのものの権利
通常、これらは事務所やレコード会社が管理する。アーティスト個人が握ることは少ない。
松岡がこれを自社の事業内容に入れたということは、自分の創作物を自分でコントロールする意思表示だ。
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36年間の蓄積を自らの手で守る
TOKIOとして「LOVE YOU ONLY」「宙船」「AMBITIOUS JAPAN!」など数々の楽曲を世に送り出してきた。
俳優としても「家政夫のミタゾノ」シリーズで第一線を走り続けている。
これらの表現者としての蓄積を、誰かに委ねるのではなく、自分で守り、育てていく。
48歳にして「守り」ではなく「攻め」の姿勢が見える。
制作の主導権を握り、表現者として、そして経営者として両立させていく覚悟だ。
この決断の背景には、TOKIOの解散という大きな出来事があった。
TOKIO解散の真相──国分太一の問題から36年の歴史に幕
きっかけは国分太一のコンプライアンス違反だった。
解散までの経緯
東京新聞の報道によると、2025年6月20日、日本テレビは国分がパワハラ・セクハラに該当する行為を行っていたとして、無期限の活動休止を発表した。
松岡は6月27日の取材でこう語っている。
「さすがに限界だと感じ、話し合って解散した」
解散の決定は、城島茂と松岡昌宏の話し合いで即決されたという。
実は、解散を切り出したのは松岡だったとされている。国分には電話で伝えられ、拒否権はなかったという。
2018年との違い──なぜ今回は解散だったのか
振り返れば、2018年にも山口達也の不祥事でTOKIOは危機を迎えていた。
あの時、残された4人は「TOKIO」の看板を守り続けることを選んだ。会見を開き、謝罪し、4人で再出発を誓った。
- 2018年:「メンバーの問題」。山口個人の行動であり、4人は被害者側に近い立場
- 2025年:「中核メンバーの問題」。国分はまとめ役的存在であり、株式会社TOKIOの社長
組織の中枢が揺らいだ時、もう一度立て直すか、終わりにするか。
松岡の言葉からは「これ以上は続けられない」という限界が滲んでいた。
解散から半年。松岡は次の一歩を踏み出そうとしている。
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「ラジオがキーワード」の新事業──2026年の謎めいたヒント
ラジオ番組での発言
12月28日の放送で、松岡はこう語った。
「ラジオやるの?ラジオではないんですけど、自分が大好きなこうやっていつも皆さんに聴いてもらってるラジオというものがキーワードになったものが1つ、できるんではないかと思っております」
一見矛盾した表現だ。ラジオがキーワードなのに、ラジオではない。
考えられる可能性
松岡は現在、NACK5「松岡昌宏の彩り埼先端」と北海道文化放送「松岡の北の夕飲み」を持っている。
実は、過去に「ラジオだけでいい」と発言したこともあるほど、ラジオへの愛着は深い。
音声メディアは今、変革期にある。
ただし、これはあくまで考察だ。詳細は1月のホームページ公開を待つしかない。
48歳の新たな挑戦が「声」を軸にしたものになりそうなことは、間違いなさそうだ。
36年間の集大成──12歳から48歳、松岡昌宏の歩み
12歳のオーディション
1989年、北海道函館市出身の12歳の少年が、自分でジャニーズ事務所に履歴書を送った。
オーディションの日、作業着姿の男性を用務員だと思い込み、睨み返したという。
その男性がジャニー喜多川だった。
普通なら落ちるエピソードだ。しかし松岡は合格した。
そう誓った少年は、36年間その約束を守り続けた。
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アイドルから俳優へ
1994年、TOKIOとしてCDデビュー。バンドとして楽器を演奏するアイドルグループという独自路線を確立した。
俳優としても着実にキャリアを積んだ。
- 「家政夫のミタゾノ」シリーズ(2016年〜):代表作。第7シーズンも視聴率12.8〜14.2%を記録
- 「死役所」「密告はうたう」:硬軟織り交ぜた演技で評価
- 「ザ!鉄腕!DASH!!」(1995年〜):TOKIO解散後も城島茂と番組継続
そしてクリエイターへ
2025年からは東京と北海道・函館の二拠点生活を始めた。
故郷への思いを形にしながら、新会社では音楽著作権管理や原盤制作まで手掛ける。
アイドルから俳優へ、そしてクリエイターへ。
12歳のツッパリ少年は、36年かけて自分の城を築く準備を整えた。
まとめ──「2026年は初めの一歩」に込められた覚悟
48歳にしてなお新しい挑戦を恐れない姿勢の表れである。
- 松岡昌宏は2025年12月31日でSTARTO契約終了、2026年1月1日から新会社MMsunで活動開始
- MMsunは株式会社TOKIOと同じビル・同規模で設立された「静かなバトンタッチ」
- 事業内容に「音楽著作権管理」「原盤制作」を追加し、クリエイティブ・カンパニーとして船出
- 「ラジオがキーワード」だが「ラジオではない」謎の新事業が2026年始動予定
- 詳細は1月のホームページ公開で明らかになる予定
今後の注目ポイント
1月に立ち上がる株式会社MMsunのホームページ。そこで「ラジオがキーワード」の新事業の全貌が明かされるはずだ。
48歳の「初めの一歩」は、実は36年間の歩みがあってこそ踏み出せるものである。
組織から個へ。守られる立場から自己決定する立場へ。
松岡昌宏の新章が、まもなく始まる。
よくある質問