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「くいしん坊!万才」50年で終了の本当の理由!フジ不祥事は無関係、松岡修造が涙した最後のロケ地

 

2025年11月22日、日曜夕方の風物詩が50年の歴史に幕を下ろしました。

フジテレビ「くいしん坊!万才」の最終回。歴代リポーターが大集結し、松岡修造さんが「一食一会でした」と感謝を述べた瞬間、多くの視聴者が涙しました。

実は、この番組終了について「フジテレビの不祥事が原因」という憶測が流れていましたが、真相は全く違います

キッコーマンが公式に発表した終了理由、そして松岡修造さんが最後に訪れた場所の意味。

50年6599回、延べ26,000食の記録が残した日本の食文化の記憶を、詳しく見ていきましょう。

「くいしん坊!万才」50年で終了の本当の理由!フジ不祥事は無関係、松岡修造が涙した最後のロケ地

「くいしん坊!万才」50年で終了の本当の理由!フジ不祥事は無関係、松岡修造が涙した最後のロケ地




 

 

 

なぜ「くいしん坊!万才」は終了?50周年が節目となった理由

結論から言うと、キッコーマンが50周年を節目に「食べることの喜びや人々との出会いの楽しさを伝える目的を果たせた」と判断し、提供を終了することを決定したからです。

日本経済新聞の報道によると、キッコーマンは「食べることの喜びや人々との出会いの楽しさを伝えることを目的に番組提供をしていたが、目的を果たせたと判断して50周年という節目を機に提供を終了する」と公式に発表しています。


フジテレビ不祥事との関係は?

実は、全く関係ありません。

多くの人が「中居正広さんの問題でフジテレビが批判されたから終了したのでは?」と考えているかもしれませんが、時系列を見ると真実がわかります。

重要な時系列

  • 2024年9月:キッコーマンとフジテレビが番組終了に合意
  • 2024年12月:中居正広さんの問題が週刊誌で報道
  • 2025年1月:問題が大きくなり、番組が一時休止

つまり、番組終了の決定は中居さんの問題が起きる3ヶ月も前に既に決まっていたのです。

キッコーマンも「フジテレビの一連の問題とは関係がない」と明確に否定しています。


「終了」ではなく「卒業」

注目したいのは、キッコーマンの表現です。

「終了」ではなく「目的を果たせた」という前向きな言葉を使っています。これは50年間で日本の食文化を伝えるという使命を完全に達成したという、ある種の「卒業」の意味が込められているのでしょう。

一社提供で50年間も番組を支え続けた企業と番組の関係は、テレビ史上でも極めて稀な例でした。


50年という長い歴史の中で、最も長く番組を支えた人物がいます。それが11代目くいしん坊・松岡修造さんです。


 

 

 

松岡修造が25年間務めた11代目くいしん坊の軌跡

松岡修造さんは2000年1月10日から2025年11月22日まで、25年間にわたって11代目くいしん坊を務め、通算1251回出演という歴代最長記録を樹立しました。


番組史の半分を一人が担当

実は、驚くべき事実があります。

番組全体の歴史が50年なので、松岡修造さんはその半分の25年を一人で担当したことになるのです。

これがどれだけすごいことか、数字で見てみましょう:

歴代リポーターの在任期間

  • 初代 渡辺文雄:2年(515回)
  • 2代目 竜崎勝:1年6か月(390回)
  • 3代目 友竹正則:3年(794回)
  • 4代目 宍戸錠:2年(509回)
  • 5代目 川津祐介:1年(228回)
  • 6代目 梅宮辰夫:3年(623回)
  • 7代目 村野武範:3年(617回)
  • 8代目 辰巳琢郎:3年(606回)
  • 9代目 山下真司:4年(782回)
  • 10代目 宍戸開:2年(284回)
  • 11代目 松岡修造:25年(1251回)

ORICON NEWSの報道によると、松岡さんは2016年時点で通算795回を達成し、それまでトップだった3代目友竹正則さんの794回を超えて歴代1位になっていました。


松岡修造さん本人のコメント

795回達成時、松岡さんは謙虚にこうコメントしています。

「回数が多いからいいという風には僕は感じません。ただ、継続できているってことは、僕はこの『くいしん坊!万才』に向いている。違うとらえ方をすると、自分がテニスでやってきたその才能よりも『くいしん坊!万才』の才能の方があると感じています」

元プロテニスプレーヤーとして世界で活躍した松岡さんが、くいしん坊としての才能の方が上だと語る。この言葉からも、番組への深い愛情が伝わってきます。


そんな松岡修造さんが最後に見せた涙。最終回では一体何が語られたのでしょうか。


 

 

 

最終回の内容と歴代リポーター大集結の感動シーン

2025年11月22日(土)午後1時30分から放送された特別番組「50年間ありがとう!くいしん坊!万才 一生忘れられない味SP」では、歴代リポーター5人と2代目竜崎勝さんの娘・高島彩さんが集結しました。


スタジオに集まった顔ぶれ

スタジオには以下のメンバーが登場しました:

  • 7代目 村野武範さん
  • 8代目 辰巳琢郎さん
  • 9代目 山下真司さん
  • 10代目 宍戸開さん
  • 11代目 松岡修造さん
  • 高島彩さん(2代目竜崎勝さんの娘、元フジテレビアナウンサー)

それぞれが番組への思いを語りました。村野さんは「人生最高の調味料!」、宍戸さんは「出会い ふれあい かくし味」、辰巳さんは「お祭り届け隊」、山下さんは「人生の宝」と表現しています。


松岡修造の「一食一会」

最後に松岡修造さんが、感動的なメッセージを届けました。

「先輩方の皆さんの思いも含めて伝えたいと思います。僕にとって『くいしん坊!万才』は一食一会でした」

「一食一会」と記された色紙を掲げた松岡さんは続けます。

「一食一食に必ず人の思いが詰まっていました。1つ1つの出会いの中には、"ありがとう"の感謝が詰まっていました。その美味しい記憶は僕らみんなの中に刻まれている。だからこそ、この『万才』はこれからも続いていきますよ」

「一期一会」ならぬ「一食一会」。この言葉に、25年間で1251回、数え切れないほどの料理と人に出会ってきた松岡さんの思いが凝縮されています。


最後は全員で「万才!」

ラストは松岡さんの「『くいしん坊!万才』全国の皆さん、ありがとう!僕らはいつまでも!くいしん坊!」という声に続いて、スタジオに集結した歴代くいしん坊たちで「ばんざーい!」と両手を上げて番組を締めくくりました。


最後のロケ地が伝える番組の本質

実は、松岡修造さんが最後に訪れたのは、高級レストランではありませんでした。

cokiの記事によると、最後のロケ地は鹿児島県霧島市。定年後に米作りを始めた元カメラマンの家でした。

炊きたての新米を前に、松岡さんは箸を持つ手を震わせ、目に涙をにじませたといいます。「この味を、ずっと覚えていたい」と語った松岡さん。

最後に訪れたのが「仲間の家」だったという事実。これこそが「くいしん坊!万才」という番組の本質を表しています。高級な料理ではなく、人と人との温かいつながりの中にある「食」を大切にしてきた番組だったのです。


全国放送も実施

なお、この特別番組は関東ローカルでの放送後、翌11月23日(日曜日、勤労感謝の日)にBSフジ(2K・4K)で12時から13時の枠で全国放送されました。


この最終回に至るまで、番組は50年間で一体どれだけの食と人に出会ってきたのでしょうか。


 

 

 

50年6599回の歴史が紡いだ日本の食文化

1975年6月30日から2025年11月16日まで、「くいしん坊!万才」は50年間で6599回放送され、延べ26,000食の日本各地の料理を紹介してきました。


26,000食という途方もない数字

実は、この26,000食という数字がどれだけすごいか、計算してみると驚きます。

一日三食として計算すると:

  • 26,000食 ÷ 3食 = 約8,667日分
  • 8,667日 ÷ 365日 = 約23.7年分


一日一食だけで計算すると、なんと約71年分の料理を紹介したことになります。

番組のWikipediaによると、番組で紹介した料理は6599回の放送で延べ26,000食に達しました。


「いい味、いい旅、いい出会い」

番組のテーマは「いい味、いい旅、いい出会い」でした。

全国各地の郷土料理、名物料理、特産物などの食べ物を訪ね、その土地の歴史や文化、人々の暮らしにふれあい、「食べることの喜び」「人々との出会いの楽しさ」を求める番組でした。

単なるグルメ番組ではなく、日本の食文化のアーカイブ(記録保管庫)としての役割を果たしてきたのです。


歴代11人のリポーターが紡いだ物語

初代リポーターの渡辺文雄さんにはじまり、竜崎勝さん、友竹正則さん、宍戸錠さん、川津祐介さん、梅宮辰夫さん、村野武範さん、辰巳琢郎さん、山下真司さん、宍戸開さん、そして現在の第11代・松岡修造さんへと受け継がれてきました。

11人それぞれの個性が、番組に異なる色を与えてきました。


キッコーマン一社提供で50年

驚くべきことに、この番組はキッコーマンの一社提供で50年間続きました。

一社提供で50年間も番組を支え続けるというのは、テレビ史上でも極めて稀な例です。近年、一社提供の番組は減少傾向にあり、「くいしん坊!万才」は貴重な存在でした。


しかし、この歴史ある番組にも、一時の危機が訪れていました。


 

 

 

中居騒動で放送休止から最終回までの経緯

中居正広さんの女性トラブル騒動を受け、キッコーマンの要請でくいしん坊!万才は2025年1月26日から放送休止となりました。


時系列で見る経緯

2024年12月19日:週刊誌「女性セブン」が中居正広さんの女性トラブルを報道

2024年12月25日:週刊文春が追加報道

2025年1月:問題が拡大し、多くの企業がフジテレビへのCM出稿を停止

2025年1月21日日本経済新聞の報道によると、キッコーマンがフジテレビに「くいしん坊!万才」の放送中止を要請

2025年1月26日:番組が放送休止

2025年10月16日:フジテレビが番組終了を正式発表

2025年10月26日:約9ヶ月ぶりに放送再開(残り4回の放送)

2025年11月22日:特別番組で最終回

終了決定は騒動の前だった

しかし、ここで重要な事実があります。

実は、番組終了の決定は中居さんの騒動が起きる3ヶ月も前の2024年9月に、キッコーマンとフジテレビの間で既に合意されていたのです。

日本経済新聞の報道でキッコーマンは「24年9月には25年6月に番組提供を終えることをフジテレビ側と合意していた」と明言しています。

つまり、中居さんの騒動で一時休止にはなったものの、番組終了そのものは全く別の理由で既に決まっていたということです。


偶然の重なり

中居さんの騒動と番組終了のタイミングが重なったため、多くの人が「騒動が原因で終了した」と誤解しましたが、これは単なる偶然の重なりでした。

放送休止は騒動の影響でしたが、番組終了は50周年という節目での「卒業」だったのです。



まとめ:50年の記憶は終わらない

「くいしん坊!万才」が残したものを、改めて整理しましょう。

この記事のポイント

  • 終了理由:キッコーマンが50周年を節目に「目的を果たせた」と判断(2024年9月合意)。フジテレビ不祥事とは無関係
  • 松岡修造の記録:25年間・1251回出演で歴代最長。番組史50年の半分を一人が担当
  • 番組の実績:6599回放送、延べ26,000食を紹介(一日一食換算で約71年分)
  • 最終回の感動:歴代リポーター集結、松岡修造の「一食一会」、最後のロケ地は仲間の家
  • 放送休止の経緯:中居騒動で一時休止したが、終了決定は騒動の3ヶ月前に既に合意済み

松岡修造さんが語った「その美味しい記憶は僕らみんなの中に刻まれている。だからこそ、この『万才』はこれからも続いていきますよ」という言葉。

番組は終わっても、50年間で記録された日本の食文化の記憶、そして「食べることの喜び」「人との出会いの楽しさ」は、私たちの心の中で生き続けます。

あなたは「くいしん坊!万才」で印象に残っている料理や場面はありますか?



よくある質問(FAQ)

Q1. くいしん坊!万才はなぜ終了したのですか?

A. キッコーマンが50周年を節目に「食べることの喜びや人々との出会いの楽しさを伝える目的を果たせた」と判断し、2024年9月にフジテレビと番組提供終了に合意しました。フジテレビの不祥事とは無関係です。

Q2. 松岡修造さんは何年間くいしん坊を務めたのですか?

A. 2000年1月10日から2025年11月22日まで25年間務め、通算1251回出演という歴代最長記録を樹立しました。番組史50年のうち半分を一人で担当したことになります。

Q3. 番組は全部で何回放送されましたか?

A. 1975年6月30日から2025年11月16日まで、50年間で6599回放送され、延べ26,000食の日本各地の料理を紹介しました。

Q4. 中居正広さんの騒動と番組終了は関係がありますか?

A. 番組終了の決定は中居さんの騒動が起きる3ヶ月前の2024年9月に既に合意されており、直接の関係はありません。騒動により一時放送休止になりましたが、終了理由そのものは50周年という節目です。

Q5. 最終回の特別番組は再放送されますか?

A. 関東ローカル放送後、翌11月23日(日曜日、勤労感謝の日)にBSフジで12時から13時の枠で全国放送されました。今後の再放送については公式発表をご確認ください。

 


参考文献リスト

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