2025年10月10日、日本の政治史に大きな転換点が訪れました。公明党の斉藤鉄夫代表が自民党との連立政権から離脱すると正式表明。
26年間続いた「自公連立」が幕を閉じることになったのです。
翌13日、テレビ朝日系「羽鳥慎一モーニングショー」に出演した政治ジャーナリスト・田﨑史郎氏は、自民党の対応を厳しく批判しました。
💬 田﨑史郎氏の発言
「慢心があった。公明党や創価学会の大事さを感じていない人が多い。今の執行部には」
この言葉が示すものは何なのでしょうか。なぜ26年も続いた連立が突然終わったのか、詳しく見ていきましょう。
📋 この記事でわかること
📰 【速報】公明党が26年間の連立を解消―その衝撃的な理由
10月10日午後、自民党の高市早苗総裁と公明党の斉藤鉄夫代表が国会内で会談しました。
約1時間半にわたる協議でしたが、結果は決裂。斉藤代表は会談後の記者会見で、こう宣言しました。
「自公連立政権はいったん白紙にする。これまでの関係に区切りをつける」
1999年10月から続いてきた自民党と公明党の連立政権が、ついに終わりを迎えたのです。
❓ なぜ離脱を決めたのか?
連立離脱の直接的な理由は、「政治とカネ」の問題への対応の違いでした。
具体的には、企業や団体から政治家がお金をもらう「企業・団体献金」をどう規制するかで、両党の意見が対立したのです。
公明党は「献金を受け取れるのは政党本部と都道府県組織だけにしよう」と提案しました。これは、自民党の裏金問題を受けて、政治とお金の関係をクリーンにするための案です。
しかし高市氏は即答を避け、「党内で話し合うから少なくとも3日間は待ってほしい」と回答。
公明党はこの対応に「誠実さが足りない」と判断し、連立離脱を決めたのです。
⚡ 実は1週間前から決意していた
重要なのは、公明党がこの懸念を伝えたのは1週間前だったということです。
10月4日、高市氏が自民党総裁に選ばれた当日。高市氏が公明党本部を訪れた際、斉藤代表は3つの懸念事項を伝えていました。
🔴 公明党が伝えた3つの懸念
1. 政治とカネの問題(企業・団体献金の規制強化)
2. 靖国神社参拝などの歴史認識
3. 外国人政策(過度な排斥への懸念)
7日の再会談では、歴史認識と外国人政策についてはおおむね合意。
しかし最大の焦点である「政治とカネ」問題が1週間たっても解決せず、10日の会談で最終的に決裂したのです。
😤 公明党の怒りの本質
斉藤代表の記者会見での発言は、公明党の怒りの深さを物語っていました。
「すでに決着済みとの姿勢は国民の感情とかけ離れている」
「自民党の不祥事を国民に説明し、応援することに地方議員を含め限界が来ている」
自民党の裏金問題で、自民党候補を応援する公明党や創価学会も批判を受けてきました。その不満が限界に達した結果が、今回の連立離脱だったのです。
では、なぜ自民党はこの事態を防げなかったのでしょうか?次のセクションで田﨑氏の分析を見ていきます。
💥 田﨑史郎氏が痛烈批判「公明党・創価学会の大事さを感じていない」
10月13日、テレビ朝日系「羽鳥慎一モーニングショー」に政治ジャーナリスト・田﨑史郎氏が生出演しました。
田﨑氏は長年の政治取材で培った人脈を駆使し、与野党の内情に精通していることで知られる人物です。
この日の番組には公明党の西田実仁幹事長も出演し、連立離脱に至る経緯を証言。その証言を受けて、田﨑氏は自民党執行部の対応を厳しく批判したのです。
😱 「一切」働きかけがなかった衝撃
西田幹事長が番組内で明かした事実は衝撃的でした。
高市氏が総裁に選出されてから連立協議が決裂するまでの1週間、自民党側から水面下での働きかけが「一切なかった」というのです。
「あまりにもないので、私から声をかけた」
通常、政治の世界では表の会談の前に、裏で何度も調整が行われます。お互いの本音を探り合い、着地点を見つける――それが政治の常識でした。
しかし今回、自民党側からそうした動きが全くなかったと西田幹事長は証言したのです。
🔥 田﨑氏の痛烈な分析
この証言を受けて、田﨑氏は自民党執行部の問題点を的確に指摘しました。
📢 田﨑氏の指摘
「今の自民党執行部には、公明とのパイプがほとんどない」
「これまであったのは、菅義偉さんや、選対委員長だった木原誠二さんですが、2人は今、執行部から外に出ておられる」
「公明党から見てパイプがないし、自民党からみても、本音を探るつてがなかったんだろと思う」
さらに田﨑氏は、自民党側の「慢心」を厳しく批判しました。
「たかをくくっていたんだと思います」
「公明党は(何があっても)ついてくると。26年の間には、確かにね、対立してもどこかで妥協してついてくる、という形だった」
「だから、これからもついてくるだろうという、慢心があった」
そして、番組内で最も印象的だったのが、この言葉でした。
「同時に、公明党や(支持母体の)創価学会の大事さを感じていない人が多いということでしょう。今の執行部には」
🕵️ 実は1週間前に異変を察知していた
田﨑氏は別の番組でも証言していますが、実は連立離脱の1週間前から異変を察知していました。
10月4日、高市氏が総裁に選出された日。公明党が異例の要求を突きつけたことに「これはおかしいな」と感じたといいます。
通常、総裁が代わっても、裏で事前に準備が整っており、表の会談では合意文書に判を押すだけ。それが今回は、公明党側が具体的な要求を突きつけてきた――これは異例の事態でした。
そこで田﨑氏は翌5日(日曜日)、公明党幹部に電話取材。すると幹部は「連立についてはひと休みしたい」と答えたそうです。
田﨑氏は記者として「国交大臣のポストを失うことになりますよ」と別の質問もしましたが、結論は変わらず「ひと休みしたい」。
この時点で、公明党は支持母体である創価学会との話し合いの上で、離脱の意思を固めていたと田﨑氏は推測しています。
プロの政治記者は、1週間前から「この連立は終わる」と察知していたのです。
では、なぜ自民党執行部は公明党とのパイプを失ってしまったのでしょうか?
🔌 自民党執行部の致命的な問題―公明党とのパイプが完全消失
なぜ自民党執行部は公明党の本音を最後まで理解できなかったのでしょうか。
その答えは「人事」にありました。
❌ 消えたパイプ役
これまで自民党と公明党をつないできた重要な橋渡し役が2人いました。
👤 菅義偉・元首相
官房長官時代から公明党との調整役を務め、創価学会とも強い信頼関係を築いてきた人物です。しかし高市執行部では、菅氏は非主流派の立場に。
👤 木原誠二・前選対委員長
選挙協力の実務で公明党と密接に連携し、山口那津男・元公明党代表とも強い信頼関係を持っていました。こちらも執行部から外れてしまいました。
つまり、公明党と信頼関係のある人物が、高市執行部には一人もいなくなってしまったのです。
⚠️ 麻生太郎副総裁の「公明嫌い」
一方、高市執行部で副総裁に就任したのは麻生太郎氏。
時事通信の報道によると、実は麻生氏は「公明・学会嫌い」で知られる人物でした。
過去には岸田政権での安保関連3文書の閣議決定をめぐり、山口氏ら公明党幹部を名指しして「動かなかったがん」と批判。
国民民主党を連立に組み入れて、公明党の影響力を削ごうとした過去もあります。
公明党とパイプのある人は外れ、公明党と距離のある人が副総裁に――この人事が、今回の連立離脱の一因となったのです。
📉 「情報が取れていない」自民党
田﨑氏は11日の別の番組でも、この問題を強調しています。
「自民党執行部の方々はまず情報が取れていない」
「自民党の感度の鈍さ。今まで自民党を見てきてこんなことはなかった」
「野党の情報も取りながら、一生懸命考えて、策を練るわけです」
「情報そのものが取れていないというのは、僕はちょっと自民党は変わったなあと思いました」
俳優の石原良純氏も番組内で指摘しました。
「パイプとか水面下という言葉は悪いイメージにも聞こえるが、僕は人と人とのつながりは大事な部分だったと思う」
政治の世界では、表の会談だけでなく、裏での人間関係が極めて重要です。その人間関係が断絶してしまったことが、今回の事態を招いたのです。
💬 高市氏も察知できなかった
実は、高市氏自身も10日の会談で公明党にこう質問していました。
「総裁が代われば連立維持はありうるのか」
公明党側の回答は冷たいものでした。
「前執行部にも申し入れており、今回の総裁選で誰が選ばれても同じだ」
つまり、問題は高市氏個人だけでなく、自民党全体の政治改革への姿勢だったのです。
それでも高市氏は、会談直前まで連立離脱を想定していませんでした。田﨑氏によると、会談前の高市氏は「割とにこやかな表情」だったのが、会談後は「ものすごい険しい表情」になっていたといいます。
最後の最後まで、公明党の本気度を理解できていなかったのです。
では、この26年間の関係はどのようにして築かれ、なぜここまで続いたのでしょうか?
📜 26年間続いた自公連立―互いに支え合った関係とは
ここで、26年間も続いた自公連立の歴史を振り返ってみましょう。
🎯 連立のはじまり
1999年10月5日、当時の小渕恵三首相の下で自民党と公明党が初めて連立政権を組みました。
当初は自由党も加わった「自自公連立」でしたが、2003年から自民・公明の2党体制に。2009年から2012年の民主党政権時代を除き、四半世紀以上にわたって連立を維持してきました。
なぜこの連立はこれほど長く続いたのでしょうか。それは、お互いが必要とし合う「持ちつ持たれつ」の関係だったからです。
🤝 自民党にとっての公明党
自民党にとって公明党は、選挙で勝つために欠かせない存在でした。
✅ 選挙での圧倒的な力
公明党の支持母体である創価学会は、全国に組織を持ち、強力な集票力を誇ります。衆議院の小選挙区制では、数千票の差で当落が決まることも珍しくありません。創価学会員の票は、自民党候補を当選させる決定打となってきたのです。
✅ 参議院での過半数確保
自民党単独では参議院で過半数を確保するのが難しい状況が続いていました。公明党との連立により、参議院でも安定した議席数を維持できたのです。
✅ 政策の中道化
自民党は保守色が強い政党ですが、公明党と連立することで、政策が極端に右寄りになることを防いできました。憲法改正や防衛力強化などで、公明党がブレーキ役を果たすことで、幅広い国民の支持を得られたのです。
🌟 公明党にとっての自民党
一方、公明党にとっても自民党との連立は重要でした。
政策実現の場
野党のままでは、どんなに良い政策を掲げても実現は困難です。与党として政権に参加することで、福祉・教育・平和政策を実際に形にすることができました。
公明党の公式サイトによると、連立政権下で実現した成果として、環境立法、行政改革推進法、交通バリアフリー法の成立などが挙げられています。
政権の安定
長期政権の一翼を担うことで、政党としての存在感を維持できました。小さな政党でも、連立与党として20年以上も政権に就き続けたのは、日本の政治史でも異例のことです。
大臣ポスト
公明党は一貫して国土交通大臣などの要職を担当してきました。政権運営に直接関わることで、政党としての実績を積み重ねることができたのです。
⚔️ 何度も乗り越えてきた危機
実は、この連立は決して順風満帆ではありませんでした。
小泉政権でのイラク自衛隊派遣、安倍政権での集団的自衛権行使容認など、何度も両党の主張が真っ向からぶつかりました。
しかし、その都度、水面下での調整を重ね、妥協点を見出してきたのです。
2019年に自公連立20年を迎えた際、当時の公明党・山口那津男代表はこう振り返っています。
「この20年間、ひたすら日本の政治を安定させ、国民の直面する重要課題を乗り越えていこうというのが、自公共通の思いだった」
お互いに譲れない部分はあっても、最後は国民のためという共通目標の下、妥協してきた――それが自公連立の特徴でした。
⚡ 亀裂の始まり
しかし、その関係に決定的な亀裂が入り始めたのは2025年7月の参議院選挙でした。
自民党の裏金問題の影響で、両党とも大敗。
公明党内では「自民党を応援することで、自民党以上に叩かれた」との不満が蓄積していきました。
創価学会員からも「自民党候補を必死に支援しているのに、見返りが少ない」との声が高まっていたのです。
その不満が、今回の連立離脱という形で爆発したのです。
では、この連立解消によって今後の政局はどうなるのでしょうか?
🔮 今後の政局はどうなる?首相指名選挙の行方
公明党の連立離脱により、日本の政局は大きな転換点を迎えています。
最大の焦点は、20日以降に召集される臨時国会での「首相指名選挙」です。
📊 首相指名選挙とは?
首相指名選挙とは、国会議員が投票して誰を首相にするかを決める選挙のことです。
通常、衆議院と参議院でそれぞれ投票が行われ、衆議院の結果が優先されます。過半数を得た候補がいない場合は、上位2名による決選投票が行われ、多数を得た候補が首相に指名されます。
🏛️ 現在の議席状況
現在の衆議院の議席数は以下の通りです。
📍 自民党: 196議席(過半数には37議席不足)
📍 公明党: 25議席
📍 立憲民主党: 117議席
📍 日本維新の会: 44議席
📍 国民民主党: 49議席
自民党は単独で過半数に届かず、公明党の協力なしでは政権を維持できない状況です。
🎭 公明党の立場
公明党の斉藤代表は、首相指名選挙では「高市早苗」とは書かず、「斉藤鉄夫」と自分の名前を書くと明言しました。
野党には投票しないものの、自民党総裁も支持しないという独自の立場を示したのです。
また、国政選挙での相互推薦は取りやめることも表明しました。今後の選挙で、自民党は創価学会の強力な集票力を失うことになります。
⚠️ 理論上は政権交代の可能性も
実は、首相指名選挙は決選投票になれば「多数を得た候補」が選出されます。
もし野党が統一候補を擁立すれば、理論上は政権交代の可能性もあるのです。
立憲民主党・国民民主党・維新の会の衆院議席を合計すると210議席で、自民党単独の196議席を上回ります。
しかし、国民民主党の榛葉賀津也幹事長は立民とは安全保障やエネルギー政策で考えが異なると指摘。「数合わせで一緒に行動をとることは考えていない」と、首相指名選挙での連携に否定的な立場を示しています。
野党がバラバラである以上、高市氏が首相に指名される可能性は依然として高いと言えます。
🔄 公明党の次の一手
一方、公明党は野党との協議に参加する意向を示しています。
立憲民主党の野田佳彦代表は11日、「公明党が野党の国対委員長会談に入ってくる」と明言しました。
公明党は連立を離脱しても、完全な野党になるわけではなく、独自の立場を模索しているのです。
🔍 自民党は新パートナー探し
自民党にとっては、新たな連立パートナーを見つけることが急務です。
高市総裁が模索しているのは国民民主党との連立拡大。高市氏の政策(ガソリン税暫定税率廃止、所得税の「年収の壁」引き上げなど)は国民民主党と共通点が多いためです。
しかし、国民民主党が連立に応じるかどうかは不透明です。
💼 田﨑氏が指摘した「重大な決断」
田﨑氏は、公明党の決断の重さをこう表現しました。
「連立を組んでいれば大臣、副大臣、政務官のポストを得られるだけでなく、権力の中にいることによってさまざまな情報に触れられる」
「そういうものを投げ捨ててまで連立をやめた」
国土交通大臣というポストも、政権内部の情報も、選挙協力も――すべてを捨ててまで離脱を決めた公明党の決意は固いのです。
📝 まとめ:26年間の自公連立が終わった理由
ここまでの内容を整理すると、公明党の連立離脱には以下の要因がありました。
🔑 連立離脱の4つの要因
1️⃣ 自民党の「政治とカネ」問題への不誠実な対応
企業・団体献金の規制強化について、1週間経っても具体的な回答がなかったこと。
2️⃣ 自民党執行部の「慢心」と「パイプ不足」
公明党とのパイプ役(菅義偉氏・木原誠二氏)が執行部から外れ、情報収集能力が欠如していたこと。
3️⃣ 創価学会員の不満の蓄積
参院選大敗の原因となった自民党の裏金問題で、公明党も批判を受け、支持者の不満が限界に達したこと。
4️⃣ 公明党の「ひと休みしたい」という決意
国土交通大臣のポストを失ってでも、自民党との距離を置きたいという明確な意思。
田﨑史郎氏が指摘した「公明党や創価学会の大事さを感じていない」という言葉は、まさに今回の連立離脱の本質を突いていました。
26年間も続いた協力関係を、わずか1週間で終わらせてしまった自民党執行部の対応――それは日本政治史における大きな転換点となるでしょう。
今後の政局がどう動くのか、首相指名選挙の結果はどうなるのか。
日本の政治は大きな流動期を迎えています。
💬 あなたはこの連立解消についてどう思いますか?
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❓ よくある質問(FAQ)
Q1. なぜ公明党は連立を離脱したのですか?
自民党の「政治とカネ」問題への対応が不誠実だったためです。特に企業・団体献金の規制強化について、1週間経っても具体的な回答がなかったことが決定打となりました。
Q2. 自公連立は何年間続いたのですか?
1999年10月から2025年10月まで、野党時代を挟んで26年間続きました。四半世紀以上にわたる協力関係が今回終了したことになります。
Q3. 田﨑史郎氏は自民党の何を批判したのですか?
自民党執行部の「慢心」と「公明党とのパイプ不足」を批判しました。特に「公明党や創価学会の大事さを感じていない人が多い」と指摘し、情報収集能力の欠如を強調しました。
Q4. 今後の政局はどうなりますか?
20日以降に召集される臨時国会での首相指名選挙が最大の焦点です。自民党は単独で過半数に届かないため、新たな連立パートナー探しが急務となっています。理論上は政権交代の可能性もありますが、野党の足並みは揃っていません。
Q5. 公明党は今後どうするのですか?
首相指名選挙では自民党総裁には投票せず、独自の立場を維持します。また野党との協議には参加する意向を示しており、完全な野党ではなく独自の立ち位置を模索しています。
Q6. なぜ自民党は公明党の本音を理解できなかったのですか?
公明党とのパイプ役だった菅義偉氏や木原誠二氏が執行部から外れ、代わりに「公明嫌い」で知られる麻生太郎氏が副総裁に就任したためです。人間関係の断絶が情報収集能力の欠如を招きました。