
2025年11月29日、清水エスパルスから衝撃的なニュースが飛び込んできました。
秋葉忠宏監督(50)が今季限りで退任することが正式発表されたのです。
昨年J2優勝を果たし、悲願のJ1復帰を成し遂げた熱血指揮官が、なぜチームを去ることになったのでしょうか。
「This is Football!」の決め台詞で知られる秋葉監督とは、いったいどんな人物なのか。
選手時代のアトランタ五輪出場から、清水での劇的なV字回復まで、その経歴と功績を振り返ります。
この記事でわかること
秋葉忠宏監督の退任が正式発表【2025年11月29日】
結論から言うと、秋葉忠宏監督は契約満了に伴い、2025シーズン終了をもって清水エスパルスを退任します。
清水エスパルス公式サイトによると、12月6日にホーム・IAIスタジアム日本平で行われるJ1第38節ファジアーノ岡山戦が、秋葉監督にとってのラストゲームとなります。
なお、秋葉監督のコメントについては、2025シーズン終了後に改めて発表される予定とのこと。
現時点では退任の詳しい理由や、今後の去就については明らかにされていません。
では、なぜ昨年J2優勝を達成した監督が1年で退任することになったのか。
今季の成績を振り返ってみましょう。
今季の成績と目標未達の背景
今季の清水エスパルスは、J1で13位という結果でシーズンを終えようとしています。
開幕前にチームが掲げた目標は「10位以内」でした。
しかし、この目標には届きませんでした。
2025シーズンの推移
・前半戦:9位で折り返し(昇格組としては健闘)
・終盤戦:勝ち点を伸ばせず失速
・最終順位:13位(J1残留は達成)
J1残留という最低限の目標は達成したものの、クラブが期待した成績には及ばなかったと言えます。
ただし、これだけで秋葉監督を評価するのはフェアではありません。
そもそも秋葉監督とはどんな人物なのか、その経歴を見ていきましょう。
秋葉忠宏とは?アトランタ五輪戦士の経歴
秋葉忠宏監督は、実はアトランタ五輪の日本代表メンバーだった人物です。
1975年10月13日生まれの現在50歳。
千葉県千葉市出身で、サッカー強豪校として知られる市立船橋高校の出身です。
【秋葉忠宏 基本プロフィール】
・生年月日:1975年10月13日(50歳)
・出身地:千葉県千葉市
・出身校:市立船橋高校
・現役ポジション:ボランチ、センターバック
・資格:日本サッカー協会公認S級コーチライセンス
1994年にジェフユナイテッド市原(現・ジェフ千葉)でプロキャリアをスタート。
主にボランチやセンターバックとして活躍し、堅実な守備が持ち味の選手でした。
ここで注目すべきは、彼の年代別代表での実績です。
1995年、U-20日本代表としてFIFAワールドユース選手権に出場し、チームの準々決勝進出に貢献。
そして1996年、日本サッカー界にとって歴史的な出来事が起こります。
アトランタ五輪のアジア予選で、日本は28年ぶりに五輪出場を決めました。
秋葉選手はこの予選突破に貢献し、本大会のメンバーにも選出されています。
同世代には中田英寿、川口能活、城彰二といった、後に日本サッカーを牽引する選手たちがいました。
ただし、秋葉選手自身はA代表には届かず、その後はアビスパ福岡、セレッソ大阪、アルビレックス新潟、徳島ヴォルティス、ザスパ草津と渡り歩きました。
【指導者としての歩み】
・2009年:SC相模原で選手兼監督としてキャリアスタート
・2011-2012年:水戸ホーリーホック ヘッドコーチ
・2013-2014年:ザスパクサツ群馬 監督
・2014-2019年:年代別日本代表コーチ(リオ五輪含む)
・2020-2022年:水戸ホーリーホック 監督
・2023年4月〜:清水エスパルス 監督
そして2020年から2022年まで水戸ホーリーホックの監督を務め、ここであの決め台詞が生まれることになります。
「This is Football!」熱血監督の指導スタイル
「This is Football!」
この言葉は、秋葉監督の代名詞とも言える決め台詞です。
勝利した試合後のインタビューで、感情を爆発させながら叫ぶこのフレーズ。
Jリーグファンの間で話題となり、グッズ化されるほどの人気を集めました。
【実は…「This is Football」の使用ルール】
❌ 負けた試合では絶対に使われない
❌ 追いつかれて引き分けになった試合では言わない
❌ 意外にも、大量得点で勝っても使わないことがある
→ チームが困難を乗り越え、一体となって勝利をつかみ取った瞬間にだけ発せられる言葉なのです。
秋葉監督の指導スタイルは「超攻撃的超アグレッシブ」と表現されます。
守備的なサッカーではなく、積極的に仕掛けていくスタイルを信条としています。
水戸時代には「育成と結果の両立」を掲げ、メンバーを固定せず毎週の練習で競争を促しました。
3年間で延べ70人以上のフィールドプレーヤーが10試合以上に出場するなど、多くの選手に経験を積ませる手法を取っていたのです。
この熱血指導と育成手腕を買われ、2023年に清水エスパルスのコーチとして招聘されます。
そして、チーム最悪の危機の中で監督に昇格することになりました。
清水での功績:ワーストからJ2王者へ
秋葉監督が清水の指揮を執ることになった経緯は、実はかなり劇的なものでした。
2023年4月、清水エスパルスは絶望的な状況に陥っていました。
【就任時の危機的状況】
・開幕から7戦未勝利(クラブワースト記録更新)
・前年からの連続記録を含めリーグ戦14試合勝利なし
・J2で19位まで沈む異常事態
前任のゼ・リカルド監督のもとで低迷したチームを立て直すため、コーチだった秋葉氏が監督に昇格しました。
ここからが秋葉監督の真骨頂です。
就任後、チームは見違えるように変貌しました。
14試合負けなしというクラブ記録を樹立し、最終的には4位でJ1昇格プレーオフに進出。
決勝では東京ヴェルディと1-1で引き分けましたが、レギュレーションにより昇格を逃す悔しい結果に終わりました。
しかし翌2024年、秋葉監督はその雪辱を果たします。
【2024シーズンの成果】
✅ J2優勝(2位・横浜FCに勝ち点6差)
✅ クラブ史上初のJ2タイトル
✅ 23年ぶりのリーグ優勝
✅ ホーム成績:14勝4分1敗
✅ 平均入場者数:17,750人(2011年以降最多)
「勝負強さ」にこだわり続けた結果、3年ぶりのJ1復帰を果たしました。
「サッカー王国・静岡」に清水エスパルスを戻した功績は大きいと言えるでしょう。
後任監督と今後の展望
現時点で、清水エスパルスの後任監督は発表されていません。
秋葉監督自身のコメントも、シーズン終了後に改めて発表されるとのことです。
【今後のスケジュール】
・12月6日:ラストゲーム(vsファジアーノ岡山/ホーム)
・シーズン終了後:秋葉監督のコメント発表予定
・後任監督:未発表(続報待ち)
水戸ホーリーホック時代に「また戻ってこられるような指導者になりたい」と語っていた秋葉監督。
J2で実績を残し、J1でも残留という結果を残した50歳の熱血指揮官が、次にどのような舞台に立つのか注目されます。
まとめ
- 秋葉忠宏監督は契約満了に伴い、2025シーズン限りで清水エスパルスを退任
- 今季はJ1で13位、目標の「10位以内」には届かなかった
- 1996年アトランタ五輪日本代表メンバーで、中田英寿らと同世代
- 2023年に14試合未勝利のワースト状態から立て直し、2024年にJ2優勝を達成
- 「This is Football!」の決め台詞は、困難を乗り越えた勝利の瞬間にだけ使われる
- 12月6日のホーム岡山戦がラストゲーム、後任監督は未発表
秋葉監督の最後の試合、あなたはどんな結末を予想しますか?
よくある質問(FAQ)
Q. 秋葉忠宏監督はなぜ退任するのですか?
契約満了に伴う退任です。2025シーズンはJ1で13位となり、開幕前に掲げた目標「10位以内」には届きませんでした。詳しい退任理由や今後についてのコメントは、シーズン終了後に発表される予定です。
Q. 秋葉忠宏監督のラストゲームはいつですか?
2025年12月6日、ホーム・IAIスタジアム日本平で行われるJ1第38節ファジアーノ岡山戦がラストゲームとなります。
Q. 秋葉忠宏監督の清水での実績は?
2023年4月に14試合未勝利のチームを立て直し、2024年にはJ2優勝・J1昇格を達成しました。クラブ史上初のJ2タイトルであり、23年ぶりのリーグ優勝という歴史的な成果を残しています。
Q. 「This is Football」とは何ですか?
秋葉監督の代名詞となった決め台詞です。困難を乗り越えてチームが一体となり勝利した試合後にのみ使われます。水戸ホーリーホック時代に生まれ、グッズ化されるほどファンに愛されています。
Q. 清水エスパルスの後任監督は誰ですか?
2025年11月29日現在、後任監督は発表されていません。決定次第、クラブから発表される見込みです。
参考文献
・清水エスパルス公式サイト
・FOOTBALL ZONE
・サッカーキング
・ゲキサカ